To 嵐
花びらが舞う花園。
日の光が眩しい空の下。
駆け回る嵐が見たのは、花に祈りを捧げる私の姿だった。
嵐は足を止め、私に近づく。
「ねえ、何をしてるの」
「約束したの」
「約束?」
「私に好きな人ができたら、その人のことを命を懸けて守りますって」
不思議な少女だった。
「どうして花に祈るの?」
「それはね──」
どうしてだろう。
花を見ていると懐かしく感じるのは。
まるで自分が昔は花だったんじゃないだろうかと思えてくる。
きっとそうだったんだ。
私は花で、あなたのそばにいたいと思ったから妹として生まれて来たんだ。
あなたは私に笑顔をくれた。
いつだって私を笑わせるためにいろんなことをしてくれた。
春は一緒に月見をして、夏はスイカ割りをして、秋は嵐オリジナルの運動会をやって、冬は一緒に雪だるまをつくった。
いつだってあなたは私のために何かしていた。
身体の不自由な私を思ってくれた。
だから私はあなたに返したかった。
これまで受けたあなたの慈悲に、私も何かをして返したかった。
それで思いついたの。
花を育てて、それをあなたにプレゼントしようって。
母に花の種を買ってもらい、庭に種を植えて花を育てた。
私はまだ咲いていない花に向けて一生懸命祈った。
「咲きますように。咲きますように」
徐々に芽が出ていき、やがて花が開き、三ヶ月経ってその花は立派に育った。
「きれいなひまわりだな」
庭に咲いたひまわりを見て、あなたはそう言ってくれた。
私はなんだか嬉しくなって、あなたが出掛けている間、私はいつも花に話しかけていた。
「私は嵐に何をしてあげられるかな」
「今日はデザートのプリンをあげたけど断られちゃった」
「どんなプレゼントだったら喜ぶのかな」
「ねえ聞いて聞いて。折り紙で鶴を折って渡したら喜んでくれたんだよ」
あなたのために植えた花は、いつからか私の心の支えになっていた。
花はその場を動かない。
でも花は美しく咲くの。
常にその場所にとどまり、太陽に向けて自分を高める。
だから私もそうでありたい。
ひまわりのように美しく、誇り高くありたい。
あなたに誇れるように。
あなたに喜んでもらえるように。
どうすればいいかな。
ひまわり畑で倒れたあの時まで、答えは見つからなかったよ。
私は死んで、後悔が残った。
そんな時、私の前には悪魔が現れて言ったんだ。
「お前の全てを差し出せ。さすれば願いを叶えてやる」
まるで私の後悔を見透かしているようだった。
「私の願いを叶えてくれるの」
「どんな願いでも叶えてやる」
私はじっくり考える。
今までの嵐との生活を思い返し、ある結論に至る。
ああ、私は今まで嵐に『ありがとう』を言えていなかったな。
私はずっと嵐に何か返したいとばかり思っていた。
だから『ありがとう』っていう当たり前の言葉を忘れていた。
何よりも伝えなくちゃいけなかったのに。
言わなきゃ。
この言葉をあなたに伝えなきゃ。
「私の願いは、嵐に『ありがとう』を伝えること」
「願いを叶えた時、お前の全てを貰う」
そして悪魔は承った。
私は朝花として肉体を得て、またあなたの前に現れることができた。
あのひまわり畑であなたに会った瞬間に、『ありがとう』を伝えるつもりだった。
でもそれを伝えてしまったら、もうあなたに会えなくなってしまう。
もっとあなたのそばにいたい。
だから私はあなたに『ありがとう』を伝えられないまま、あなたのそばに居続けた。
あなたに何かをされる度に、私は『ありがとう』を言いたくてたまらなかった。
でも言えない。
ああ、私はあなたに返したいのに。
やがて悪魔はしびれを切らし、暴走した。
でもあなたは無数のモンスターも踏み越えて、私のもとまで会いに来てくれた。
あなたには傷ついてほしくなかった。
だから正体も告げずに私は去ったのに。
結局私はあなたを傷つけた。
いや、どんな選択をしてもあなたは傷ついたのかもしれない。
あの時花園で見たあなたの泣き顔を、私は今でも覚えている。
倒れた私に、あなたは涙を流しながら声をかけてくれた。
喉が切れるほどに。
結局私はまたあなたを泣かせちゃうね。
妹として、私はあなたに何かを返せたのかな。
私はあなたの妹として伝えなきゃ。
「私のそばにいてくれてありがとう」
あなたが先に『ありがとう』を伝えてくれたけど、本当は私から伝えたかった。
でも、嬉しかったよ。
あなたの『ありがとう』は、どうしてこんなにも心に染みるのかな。
嬉しくて、涙が出ちゃうよ。
私の『ありがとう』はあなたに伝わったかな。
ちゃんと気持ちを込められたかな。
好きなあなたに思いは届いたかな。
幼い頃に読んだ悪魔の本には、こんな言葉が添えられていた。
──悪魔と契約した者はたった一瞬の幸福しか得られない
そんなことなかった。
私の人生はずっと幸せだったんだ。
あなたの妹として生まれてからずっと私は楽しかったよ。
私はもっと早く伝えるべきだったんだ。
『ありがとう』を君に。
「ごめんね。でも…………ありがとう」
私のあなたの妹にしてくれてありがとう。
私を笑顔にしてくれてありがとう。
大好きだよ。
私のお兄ちゃん。




