物語No.46『花園決戦/壱』
五月十五日。
放課後になり、多くの生徒が帰宅していた。
学園を行き交う人の群れ。
その中を進むのは長年放置された雑草を掻き分けるようなものだ。
生徒の多くはあるニュースに注目していた。
「ねえ見た。なんかどっかの花園で巨大な木が出現したんだよ」
「あれすごいよね。たった一瞬であんな木が生えるのかな」
病院にいた穂琉三たちはその話を知らない。
だが撮鳥が穂琉三にメッセージを送る。
「みんな、楓夏の居場所が分かった」
「それはどこだ」
「百花山にある"朝焼けの花園"。そこに巨大な木が突如として現れたらしい」
嵐と穂琉三は巨大な木と聞き、すぐにあのモンスターを思い浮かべる。
「理由は分からないが、楓夏に会える可能性がすぐそこに広がっている。それだけで俺は戦える」
嵐は深い傷を負っており、正直戦える状態ではない。
いくら異世界に触れて肉体が強化されているといっても、全身に激痛が走っている状態で戦えるほどではない。
だが愛六も穂琉三も止めない。
嵐は止めてでも来るだろうから。
そもそも嵐を楓夏に会わせたいと穂琉三は思っている。
自分が盾になってでも穂琉三が連れていく。
「まあ待ちなよ。私が手を貸してあげる」
「ん?」
三人の前に看護師が現れる。
「私はディディエリ。サキュバスだ」
彼女は異世界のことを知っているため、嵐と穂琉三の担当看護師をしている。
三人は最後の一言で、彼女が稲荷や八百比丘尼のような異世界出身者であることを悟る。
「五蝶くん、今の状態で戦うのは無理だ」
「それでも俺は戦わなくちゃいけないんです」
嵐は真っ直ぐにディディエリを見る。
彼の目は覚悟に満ちている。
「君の思いは分かった。だから私が手を貸そう」
ディディエリは嵐に近づくと、背後に回り込んで首筋を噛む。
「え……っ!?」
「いきなり何を!?」
穂琉三らは騒然とする。
だが嵐は自分に起こる変化に気づいていた。
「君の肉体にサキュバスホルモンを打ち込んだ。三時間限りだけど力が漲り、痛みは和らぐ。傷が治ったわけじゃないからね」
「はい。でも、楽になりました」
「日向くんにも施してあげるよ」
ディディエリは穂琉三にサキュバスホルモンを打ち込んだ。
穂琉三は全身に力が漲るのを感じる。
「これで楓夏に会いに行ける」
嵐は気合い十分に拳を握る。
ディディエリは彼らを見て、懐かしさを覚えていた。
「私は異世界で多くの仲間を失った。私は戦えないから仲間の死を見るだけだった。だが君たちは違う。戦う力がある。覚悟がある。今の君たちならきっとどんな困難にだって打ち勝てる、私はそう信じてる」
古き者から新しい者へ。
「頑張ってね」
ディディエリは三人にエールを送る。
「さあ行こう。花園へ」
♤
私は間違っていたのだろうか。
私はただ嵐に伝えたかった。
それが私の願い。
言わなきゃ伝わらないから。
言わなきゃ届かないから。
この気持ちをあなたに伝えたい。
そんな私のわがままがあなたを傷つけた。
悪魔は私を急かす。
まるで早く願いを叶えなければお前の大切なものがなくなると。
もうあなたの側にはいれない。
私は誰にも会わず、このまま死んでいく。
だから悪魔。
早く私の全てを奪って。
だが悪魔は奪わない。
私が願いを叶えることを待っている。
叶えてしまえば、嵐は悲しむだろうか。
悲しんでいた。
私があのひまわり畑で死んだ日、嵐の泣き叫ぶ姿を見た。
あんなに悲しい顔をしていた嵐はもう見たくない。
私は彼に悲しみを植えつけに来たわけじゃない。
私はあなたに告げたかっただけだ──
やがて悪魔は動き出す。
あの花園に悪魔が出現する。
私は三十メートルはある巨大な木の中に練り込まれている。
やがて噂を聞きつけた嵐が来るかもしれない。
ああ、結局私は迷惑をかけただけだ。
お願い嵐。
私を見捨てて。
このまま私は黙って死ぬから。
あなたを悲しませずに死ぬから。
花園を木や虫の姿をしたモンスターが埋め尽くす。
百や二百を超えるモンスターの群れ。
ここへ飛び込めばあなたは死ぬ。
だからお願い。
お願いだから……
「楓夏あああああああああああ」
大好きな声が響いた。
来ちゃったんだね。
嵐。
有象無象のモンスターの果てに君を見つける。
風を纏った嵐は槍の一振りでモンスターを吹き飛ばす。
散る花びら。
舞う木々。
私と彼の間に風は吹く。
「楓夏、俺はお前に伝えたいことがある。だからそれまで死ぬんじゃねえぞ」
伝えたいこと……?
駄目だよ。
ここはもう致死量のモンスターが集っている。
生き残れるわけがない。
あなたが私のもとに着くなんて夢物語だ。
私はもう死ぬべきだ。
私が死ねば悪魔は消えてくれるだろうか。
消えてくれたら、私は死後の後悔をせず済むだろうか。
──するよ。
後悔するに決まってる。
だからあなたに会えないことが悲しいんだ。
私だってあなたに伝えたい言葉がある。
ずっと言えなかった言葉がある。
私はずっとあなたに会いたかった。
まだあなたの側にいたかった。
だから嵐。
もしあなたが命を懸けて私を助けてくれるのなら。
私に一時でも機会を与えてくれるのなら。
「嵐、私もあなたに伝えたかった言葉があるんだ」
私からあなたへ。
伝えたい言葉を。
思いを。
「私は──」
伝えようとしたところで、私は木の中に吸い込まれていく。
今すぐにあなたに伝えられれば……。
「楓夏、待ってろ。すぐにお前のもとまで行く」
あなたの声が届いた。
そして私は眠った。




