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一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章1『日向穂琉三の葛藤』編
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物語No.4『押しつけられた無理難題』

 早朝に目覚めた僕は、洗面所へ向かう。

 手のひらに溜めた水を眺め、ふとこう思った。


「ああ、僕は何のために生きているのだろう」


 止まることなく流れる水。

 水は手から溢れ出す。


 溢れ出す水のように、自分も世界の外に逃げ出せたなら。

 毎日、そんなことを思う。


 異世界に繋がる扉はあったけれど、灼熱の世界が広がっているだけで、進めそうにはなかった。

 進めば死が待っている。

 異世界なんてそんなものなのかもしれない。

 現実はそうじゃない分、余計に残酷だ。


 不安が水のように溢れる。

 毎日毎日、それの繰り返し。

 いつか現実から脱却できたなら。

 そう願い続けてきた。


 だけど、思い通りにはいかなかった。

 昨日の学園での戦いも、結局愛六(めろ)にポイントを奪われた。


「くそっ……」


 思わず声に出していた。

 昨日のことがあまりにも悔しかったから。


「寝起き早々暗いな。穂琉三(ほるす)


 赤い光球が背後に現れたのを鏡面で確認する。


「おはようヒルコ」


「どうせ昨日のことで落ち込んでいるんだろ。日に日にポイント差は開いているからな」


 まるで僕の心を見透かしているかのように、ヒルコは僕の悩みの原因のひとつを当ててみせた。


「僕は強いかな?」


「弱いよ、お前は」


 分かっていることだ。

 より落ち込みはしない。


「だが努力をすれば、愛六より強くなることはできる。目を背けるだけじゃお前の願いは叶わない」


「そうだね」


 ヒルコの言う通りだ。

 だが、努力はできても向き合うことは怖い。他人と関わることはまだできない。

 ヒルコもそれを分かっているのか、深く言及はしてこない。


「顔を洗ったらランニング行くぞ。いつものメニューで身体を鍛える」


「うん。そうだね」


 顔を洗い、鏡に映った自分を見つめる。


「──ニコリともしないな。お前は」




 毎朝のルーティーンがある。

 寮のすぐそばにある森を一時間ランニング。その際必ず、道中にある神社にお詣りをする。その後腕立て伏せ百回、スクワッド百回。最後にヒルコに向かってシャドーボクシングを三十分間行う。


 毎晩モンスターと戦うため、ヒルコの提案したトレーニングに身を捧げている。


 僕の戦闘スタイルは、基本的に拳に火を纏って殴る。

 腕力は必要であるため、ヒルコのトレーニングは必須だった。軟弱な腕ではモンスターに対抗し得る力はない。


 トレーニングを始めてから一ヶ月。最初はモンスターから逃げてばかりだったが、今では少しだけ戦えている。

 倒しきれないものの、一時的に動きをとめるくらいのことはできるようになった。


「穂琉三、改めて私とお前が結んだ契約の内容を確認しておこう」


「そういえば忘れていることもちょっとあるかも」


 ヒルコと会った初日の夜、モンスターと戦うことを定められた日に誓ったこと。


「まず、この学園は二十四時から零時の間に六時間、異世界と接続する時間が発生する。もし異世界から溢れたモンスターが現実に訪れれば、現実世界に大きな被害が出る。異世界との接続を断つためには扉を閉じる必要がある。その役目を精霊と契約した者は持つ。

 その者を接続者と呼ぶ」


 大きな危険が伴う。最悪、死ぬことだってある。

 役目を担う者がいなければ現実世界は異世界によって終焉する。


「当然報酬はある。もし一年間守り続けた場合、異世界へ行く権利を与える。だが、接続者が二人以上いる場合、権利が与えられるのは最もポイントを稼いだ者」


 ポイントは扉を閉じた場合に1ポイント与えられる。

 ポイントについて開示されている情報はそれだけ。


「以上が私とお前が結んだ契約だ」


 改めて契約の内容を確認した。

 ヒルコが話し終えたのを確認すると、気になっていたことについて話す。


「ずっと疑問に思ってたんだけどさ、ヒルコと出会ったあの日開けた扉も、繋がっていた先は異世界なんだよね」


「そうだな」


「もし異世界が灼熱の世界だったり、全てが凍りつくような世界だったら、その権利を得ても意味がないよね」


 異世界に行っても死ぬのであれば、死ぬために戦うようなものだ。


「異世界は広いからな、灼熱の大地や絶対零度の空間はある。権利を得て行く異世界は、様々な種族が暮らす豊かな都市だ」


「もしかしてエルフとかドワーフとか、龍人とかがいるの!?」


「そういう感じだ。中には人もいる。様々な種族が協力し合い、笑い合って暮らす世界に行くのさ」


 異世界へ行きたい気持ちはより強くなる。

 だが昨日のことを思い出し、気持ちは曇る。


「ねえ、僕と愛六ってどれくらいのポイント差が開いてるの」


「お前が10ポイント。愛六が21ポイントだ」


 改めてポイント差を確認し、難易度を悟る。


「一年はまだ長いけど、10ポイント以上も差が開いてるんだよね」


「昨日の扉、愛六が横取りしなければポイント差は縮まっていた」


 たかが1ポイント増えるだけ。

 愛六の魔法技術が僕を上回っているのは確かだ。


「諦める必要はない。ポイントは他者に譲渡することもできる。愛六のもとに行って1ポイント返してもらえばいい」


「でも……扉を閉めたのは向こうだし……」


「いや、あれは完全にこっちポイントだった。愛六にはっきりと伝えるべきだ」


「でも……愛六は絶対に僕の話を聞いてくれない。それに学校で話しかけるのも嫌がるよ」


 できる限り愛六とは関わりたくない。

 嫌いだからとか、憎んでいるとか、そういう理由ではない。

 ただ怖い。

 愛六が時折僕に向ける視線が怖い。


 学校で話しかければ間違いなく無視される。それでも強引に話しかければそれ以上の仕打ちが帰ってくる。


 愛六に恐怖を感じていた。

 だから関わりたくない。


「お前は相変わらずうじうじして成長しねえな。私と会った時に一歩前進したお前はどこに行ったんだよ」


「でも……」


「その『でも』をやめろ。なんでもかんでも自分を否定するな。お前が思ってるより愛六は嫌な奴じゃない」


「で……、それでも、愛六に話しかけるのは怖い。多分愛六は僕のことが嫌いなんだ」


「でも」の代わりに「それでも」を使う僕に、ヒルコは呆れていた。

 しかしつい否定したくなる。

 愛六が僕をどう思っているのか、彼女の態度で分かっている。


 たとえ本音を聞かずとも。


「確かに愛六はお前のことを嫌いかもしれないな。だが嫌いが好きにならないなんてことはないし、嫌いじゃなかったってこともある」


「嫌いに決まってる。僕は、嫌われてるに決まってるんだ」


 愛六を見ていれば分かる。

 関わらなくても分かっている。


「なら、愛六はお前のどこが嫌いなんだ」


「それは……無口なところとか……」


「だとしたら、なんで愛六は無口なところが嫌いなんだ」


「それは……」


 いざ言葉にすると難しい。

 心の中では上手く表現できているのに、伝えられない。


「穂琉三、やはりお前は愛六と話すべきだ」


「でも……あっ……」


 さっと口を塞ぐ。

 だがヒルコは気にくわなかったのか、しばらく無言で僕をじっと凝視する。

 そして一言。


「穂琉三、私は愛六から1ポイント返してもらうまでお前と組むのをやめる」


「待ってよ。それじゃあ魔法が使えない。素手でモンスターと戦えって言うの」


 愛六たちはどのようにやっているのか分からないが、僕とヒルコは基本、精霊が魔法の発動してくれる。

 魔法について理解できていれば自分で発動、もしくはある程度魔法に干渉できる。

 僕に魔法を理解することはできなかった。魔法を理解する才能がないとヒルコには言われた。


 つまり僕の場合、精霊がいなければ拳に火を纏うことなんてできない。


「素手でモンスターと戦うのと、愛六から1ポイント返してもらうのとでは、どっちが簡単か明白だろ」


「それは……」


 どっちも難しいに決まってる。

 優劣なんてつけられないほど、僕にはどちらも無理難題だ。


「じゃあ私はお前から離れる。愛六から1ポイント返してもらったら呼べ」


「待って……」


 僕の声に耳を貸すことなく、ヒルコは去ってしまった。


「待ってよ。そんなの……あんまりじゃないか」


 小さく丸まり、顔を膝の間に埋める。

 ため息も出ない。


 異世界へ行く希望もなくなってしまうなんて、そんなの嫌だよ。

 ヒルコが帰ってきてくれることを祈るけれど、そんなことはありえない。

 僕が愛六から1ポイント返してもらうまで、ヒルコは本当に戻ってこない。


 頭を抱え、絶望する。




 向き合うなんて、そんなの……無理だよ。


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