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一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章3『花園で眠る君に』編
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物語No.44『再会は花園に消えて』

 あの日、嵐と楓夏がひまわり畑に行った日。

 楓夏はとうに寿命を過ぎていた。

 それでも彼女が生きていたのは、強い思いがあったから。


 楓夏は嵐の妹として生まれた。

 生まれながらに身体の弱い楓夏を、嵐は毎日面倒を見ていた。

 だから楓夏は嵐に笑顔を向ける。

 せめて嵐には心配をかけないように。

 あの夏の日も、楓夏は最後まで笑顔を崩さなかった。

 あの日、本当は楓夏は伝えるつもりだった。

 伝えたい言葉があった。

 胸に秘め続けた大切な思い。

 彼に向けて言いたかった言葉。


 後悔があった。

 だから彼女の前に、悪魔は現れた。


 ひまわり畑で倒れた楓夏の魂が見たのは、黒くもやがかかったような何か。

 それは言った。


「お前の全てを差し出せ。さすれば願いを叶えてやる」


「私の願いを叶えてくれるの」


「どんな願いでも叶えてやる」


 楓夏は事態を呑み込めているわけではなかった。

 その黒いもやが悪魔であるとも分からない。

 それでも願いが叶うのなら。

 だから彼女はすがった。

 その悪魔に。


「私の願いは──」


 願いが叶うまでは、彼女は生き続ける。

 だが願いが叶ってしまえば、彼女は全てを失う。

 自分自身さえも。



 ♤



 楓夏は僕に告げた。

 自分が既に死んだ人間であり、悪魔によって蘇ったこと。

 まだ願いは叶えておらず、叶えば死んでしまうということ。


「生きる術はないの?」


「ないよ。そもそも私は死人だよ。生き返っただけでも十分奇跡なのに、その上嵐の側にいれた。だから私は十分幸せなんだ」


 楓夏は笑顔を浮かべる。

 君が笑っているのなら、それで良いのかもしれない。


「もう嵐には会わないの?」


「……会わない」


 楓夏は表情を変えることはなかった。

 だが指先には彼女の本音が表れている。

 彼女は本音を隠している。

 本当は会いたいはずだ。

 生き返ってでも楓夏は嵐に会おうとしたんだから。


 だが彼女が今それを拒む理由。


「ねえ、あの悪魔は嵐を殺そうとしたんじゃないの?」


 楓夏の目が見開かれる。


 やはり……か。


「私はまだ願いを叶えていない。だけどタイムリミットが来たんだ。あの悪魔はもう私から全てを奪うとしている。けれどそれはまだ。多分悪魔はギリギリまで何かを待とうとしている」


 おそらくそれは楓夏が幸せになること。

 僕がかつて読んだ物語の悪魔が実際の悪魔と同じなら、悪魔はその人物の願いが叶って幸せを掴んだ際に全てを奪う。

 それが悪魔にとって快楽なのだろう。

 だから悪魔はそれを待つ。


「私はその理由を多分……分かっている。だから──」


「──嵐には会えない」


 彼女は嵐を思っている。

 もし願いが叶ってしまえば、楓夏は嵐の目の前で消えることになる。

 楓夏は嵐を悲しませたくはない。

 目の前で消えれば嵐にどれだけの傷を植えつけてしまうだろう。

 分かっているから、楓夏は嵐に会わない。


「君、名前は?」


「日向穂琉三」


「じゃあ日向、嵐に伝えて。私を探さないでくださいって」


「それじゃ……」


 あの物語と一緒だ。

 せっかく君は病が治ったのに、このまま終わってしまうの。


 悪魔と契約した者はたった一瞬の幸せしか掴めない。


「楓夏、死ぬならせめて嵐に会おう。会って君が伝えたいことを」


「ごめん。それは私にはできない。これ以上大切な人を傷つけたくはない」


 楓夏の目には涙が浮かんでいた。

 十三日、嵐とともに異世界へ行ったのは間違いだったのかもしれない。

 あの時異世界へ行かなければ、楓夏はこんなにも傷つかなかった。

 嵐が傷ついてしまったから、楓夏の心は傷ついた。


「でも……」


 結局君は幸せを掴めたのか。

 君はこれでいいのか。


 最後まで願いも果たせず、後悔を残して。


「さよなら。楽しかったよ」


 そう言った楓夏の顔は、地面から生える無数の木々に阻まれて隠された。


「楓夏ああああああ」


 僕は木々をかわしてなんとか彼女のもとまで向かおうとするが、木に押し込まれて近づけない。近づいたところで木の壁が僕の接近を阻む。


「本当にこれで良いのか。まだやり残したことがあるんじゃないのか」


「ないよ。もうやりたいことはやった。だからもう……十分だよ」


「嘘だ」


「嘘じゃない。他人のあなたが何を知っているっていうの」


「あの時悪魔が泣いていた」


「……それが、どうしたっていうのよ」


「あれはお前の涙なんじゃないのか」


 確証はない。

 でも、もしも悪魔が楓夏の心の一部分を奪っていたのなら。


「……違う。私はもう……、いいんだ。だから探さないで。私を見つけないで。私を一人にして」


 そんな願いが叶って良いはずがない。

 孤独の辛さは誰よりも知っているつもりだ。

 僕は必死に木々を素手で砕き、木々の隙間から手を差し伸ばす。


「楓夏、一緒に行こう。嵐に会いに行きたいんだろ。だからお前はあの病院にいたんだろ」


「違うって言ってるでしょ」


 楓夏の感情に呼応し、木々はより一層威力を増し、無数の木々に押し出される形で楓夏から引き離される。

 この手は楓夏に届かない。

 そのまま背後に出現していた扉に押し込まれ、扉の先に広がっていた病室を転がる。


「楓夏っ!」


 僕はすぐさま起き上がって扉に手をかけようとするが、その前に扉は閉められ、消えた。

 最後、さよならを言った君の顔を、僕は見ることができなかった。

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