物語No.43『朝花の正体』
「──接続オフ。」
愛六は扉に鍵をかけ、異境学園は異世界との接続を終えた。
やがて時間が進み、五月十五日の零時を迎える。
「疲れたー。じゃあ帰ろっか」
愛六は腕を回してストレッチしながら帰路につこうとしていた。
それを止めたのはミナカだった。
「愛六様、何となくですが日向穂琉三の様子を見ておいた方が良いと思います」
「珍しいね。ミナカがあいつのことを心配するなんて」
「心配なんてしていません。ただ、病院から嫌な気配がした……というだけです」
「なるほど」
愛六は病院の方へ視線を向ける。
愛六はあることを懸念していたため、ミナカの忠告に従う。
(まさか現れたのか……)
もしも異世界と接続することができる扉があるのだとして、その接続がどこへでも可能だったのなら。
「ねえミナカ、扉が出現した時点で防衛システムが働くんだよね」
「神妹境娘の話ではそうらしいですね」
異境学園で異世界と接続する扉が出現した場合、学園を覆う結界が張られる。それにより扉が閉じられるまで学園の外に出ることは不可能となる。
「神妹境娘は嘘をついているんじゃないかな」
「嘘、ですか?」
「いや、嘘というより抜け穴かもしれない。例えば扉にも種類があって、人間しか通れない扉なら防衛システムが機能しない、とか」
「確かにあり得そうですね。しかしどうして今そんなことが気になったのですか」
「私は朝花が病院に現れると思っている」
「えっ!? なぜですか」
「森の悪魔を朝花が出現させたとして、その目的を幾つか考えてみた」
ミナカはなぜ朝花が悪魔を出現させたのかという推測に至ったのか気になったが、今は愛六の話を聞くために聞き手に回る。
「一つは接続者の殺害。朝花はモンスター側の存在で、異世界の侵略を阻む接続者が邪魔で仕方がない。でもこっちより可能性が高い答えを私は持っている」
愛六は病院を目指しつつ答える。
「朝花は悪魔と契約した。その願いの内容は分からないけど、その代償に命が必要だった。だから誰かしらの命を欲していた」
「でもなぜここへ?」
「今穂琉三と五蝶は重傷だ。もし代償の条件が接続者の命だったとすれば、彼女はここへ現れるかもしれない」
愛六はあくまでも可能性を述べる。
ただの推測で、合っている可能性はさほどない。
だが違和感から推測できる答えは限られる。
「穂琉三、どうか無事でいてくれ」
愛六は病院へつき、真っ先に穂琉三の部屋へ向かった。
部屋には誰もいない。
そもそも病室の扉が開かれたままだった。
「まさか……」
愛六は思った。
最悪の想定が当たってしまったのだと。
それから一時間病院を探し続けたが、穂琉三の姿はどこにもなかった。
♤
僕は朝花とともに異世界に来ていた。
そこは十三日、朝花を取り戻すために乗り込んだ異世界と全く同じだった。
木々が生え、ただ森が広がっている場所。
「私から離れないでね。離れたら周りの木が君を殺しちゃうかもしれないから」
僕は極力朝花から離れないように歩いた。
木や虫型のモンスターが僕をじっと見るが、なぜか襲っては来ない。
朝花が原因だろうか。
一体彼女は何者なんだ。
歩き続けると、無数の花が一面に広がるきれいな場所に出た。
「きれいでしょ。私はこの花園でゆっくりと死んでいく」
「え……。今、死ぬって……」
「そう。私は悪魔に捧げたから、私の願いを悪魔は承った」
僕は彼女が何を言っているのか理解できず、ただ彼女の表情を窺った。
その表情は嘘偽りをついているようには思えず、むしろ悲しみを内包していた。
彼女の言っていることが真実ではないかと思えてしまうほどに。
いや、真実なのか。
「いきなり言われても分からないよね。じゃあ、ゆっくり話をしよっか」
朝花は花園に仰向けで横たわる。
気持ち良さそうに深呼吸をする。
「ほら、君もやってみなよ。心が洗われるよ」
戸惑いつつも、朝花の横で仰向けになる。
草花がクッションのように優しく僕を支えている。
鼻を優しい香りが通り、僕の心を癒していく。
「気持ちいいでしょ」
「うん。すごく気持ちいい」
「私はね、花が好きなの。だって見ているだけで癒される。私は花が好きで、花と同じくらい大切な人がいた」
その人物が誰なのか、言わなくても誰か分かる。
「私はね、生まれながらに身体が弱くて、寿命は長くなかったんだ。だから大切な人の側にいる時間もそんなになかった」
あれ、てっきり五蝶の話をしていると思ったけど……。
ってか身体が弱い?
そうは見えないけど。
「歩くにも補助がいる私はずっと庭に座って、風に揺られる花を見ていた。花ってさ、すごいと思わない? だってずっと動いていないのに子供を作っちゃうんだよ。それに綺麗な見た目をしていて、私は生まれ変わったら花になりたいと思った。花になって、大切な人の側にいたいと、そう思った」
朝花は咲いている花を一本持ち、それを鼻に近づける。花のにおいを嗅ぐ彼女は、相変わらず悲しみを滲ませている。
「でも、思いと現実は違うんだよ。違うからこそ、思い続ける。どれだけ強く思っても、私の願いは叶わない。他人よりも私は早く枯れてしまう。人の五分の一しかやりたいことができない。──残酷だよ」
朝花は虚ろな瞳で空を見上げる。
木々に覆われた頭上は、空を包み隠している。
「やりたかったことはたくさんあって、そのどれもが叶わなくて……」
僕は疑問に思う。
これは本当に朝花の話なのか。
五蝶はずっと朝花といた。
なのに朝花はそれとは真逆のことを言っている。
「でも、私の前にそれは現れた」
「それ?」
「それは──悪魔は私に言った。代償を支払うことで、私の願いを叶えると」
僕は少しずつ分かってきた。
なぜかつての朝花と今の朝花に乖離が生じているのか。
そして今、朝花をこの世界に捕らえているものが何なのか。
僕は子供の頃に読んだ、ある悪魔との物語を思い出していた。
あるところに不治の病にかかった少女がいた。少女には好きな人がいた。だが不治の病は少女の声を奪っており、気持ちを伝えることはできなかった。
そんな時、悪魔に出会った。
少女の全てを貰うかわりに、病を治してやると。少女はすぐに承諾して、悪魔は少女の病を治した。少女は好きな人に気持ちを伝え、付き合うことになった。だが、幸せな日々はそこまでだった。
悪魔は幸せな彼女から全てを奪った。視力も、聴力も、心も、そして声さえも。やがて少女は肉体ごと消えてしまった。
わずかな間の幸せ。
本当はその先を少女は知りたかったはずだ。
せっかく好きな人と付き合えたのに、少女はそこで消えてしまった。
──残酷だ。
朝花、君に未来はあるのか。
君は代償を支払うのか。
「私は悪魔と契約を交わした。私の願いを叶えてもらうかわりに、私の全てを捧げると」
誰もが望んで当たり前の幸せ。
でも彼女の場合、対価が必要だった。
「そして私は夏目朝花となり、五蝶の側にいることができた」
悪魔は少女に幸せを運んだ。
「私の本名は楓夏。五蝶楓夏。五蝶嵐の妹だ」
後に不幸を運ぶことを条件に。




