物語No.42『手向けの花』
病院の屋上で、愛六は稲荷と二人きりでベンチに腰掛けていた。
屋上の脇に置かれた花壇の花が揺れ、花びらが風に乗って舞う。
それを見届け、愛六は切り出す。
「稲荷、森の悪魔について知れたことはあるか」
「一応さっき異世界で調べてきたのだ」
稲荷は愛六からの指示を受け、異世界にてモンスターを調査してきていた。
「どうやら森の悪魔っていうモンスターは実在するが、黙示録の魔術によって召喚されたモンスターらしいのだ」
「召喚された……ってことは通常は存在しないモンスターってこと?」
「うん。生け贄や犠牲を支払うことで召喚できるモンスター、というか"悪魔"らしいのだ」
「悪魔? なんか物騒だね」
「悪魔は人の悪い感情を好物にする存在で、代償が支払われる度に何度でも出現するのだ。召喚されたら目的を達成するか殺されるまで活動し続けるのだ。まあエネルギーが尽きても消えちゃうけど」
「じゃあ誰かが召喚したってことだよね。一体誰が……」
「もしかしたら朝花だったり?」
「いや、それは……。うーん、正直何とも言えないかな。私は朝花が拐われた場面を見ていないから分からないけど、いつまでも悪魔が朝花を殺さない理由には納得がいく。だとしても……」
そうだとすれば、なぜ悪魔を召喚させたのかという疑問が浮かび上がる。
「頭が痛くなってきた。これは……ちょっとムズいな」
愛六は現状を俯瞰して考えた。
考えた結果、最も納得のいく考えが不幸なものだった。
それが真実だとは限らないとしても、極めて真実には近いと感じている。
「あくまでも推測だけど、悪魔を召喚させたのは朝花だ」
「マジかっ!?」
「それが一番合点がいく。扉の仕組みは全て理解しているわけじゃないけど、その制御を朝花ができるんだとしたら……、五蝶と戦いたくないって思っているから百花学園に扉を出現させなかった。でも、悪魔を出現させた目的は分からない」
愛六は必死に思考を巡らすが、結局答えは見えてこない。
圧倒的に情報が足りない。
「稲荷、扉は何だ。誰が繋げているんだ」
「それは……」
「神妹に口外禁止とされているってわけだろ。ったく、あいつはそもそも何なんだ。ただ者じゃないことだけは分かる。だが目的は何だ。本当にこの学園を守らせたいだけなら情報は何でも教えているはずだろ」
情報を規制する神妹に愛六は苛立ちを隠しきれない。
彼女の持つ情報があれば真実にたどり着けるかもしれない。
だというのに、なぜ神妹は情報を隠すのだろうか。
愛六の不満は募るばかり。
「とにかく、これから起こる何かを待つしかない。朝花が悪魔を召喚させた目的次第では、この先大きなことが起こるかもしれない」
「状況次第では朝花を殺すのか」
「状況次第……。さあ、人を殺す覚悟なんて私にはない。でも、殺さなきゃいけない時が来るなら、私は……」
愛六は目を閉じ、その事を深く考える。
「私はモンスターの命を多く奪ってきたんだ。同じ人間だからって、殺さないことに固執はできない。もし彼女の選択がこの世界に大きな被害をもたらすものになるのだとしたら、私は──」
愛六は覚悟をもって言う。
「朝花を殺すよ」
♤
五月十四日の夜が来る。
穂琉三は十分に動けないため、愛六が単独で扉を閉じるために動く。
穂琉三は病室の窓から月を見上げていた。
「扉の先に夢を見て、僕は接続者になった。でも今の僕は、負けてばかりだ」
自分の弱さを悔いている。
心も、身体も、まだ弱い。
「もっと強くなりたいけれど、僕は恐れてしまっている。大切な人を失うことを」
五蝶が朝花を失ったように、穂琉三も愛六を失うことを考えてしまっていた。
あくまでも可能性の一つ。
だが頭を過ってしまえば、穂琉三は気にせずにはいられない。
だが今の穂琉三が行けば足を引っ張ることは確実。
病室で安静にしておくことが愛六のためにもなる。
今は力になれない。
だから穂琉三は愛六の無事を願うため、屋上に咲く花に向かって無事を願おうと病室を出る。
廊下は暗く、人の気配はない。
だが隣の病室、五蝶が眠っている病室の前で、穂琉三は見た。
「君は……っ!?」
太陽のような髪色、肩下まで髪を伸ばし、翡翠色の目をしている少女。
穂琉三は木に埋まっている彼女を五蝶とともに一度見ている。
「朝花……っ!?」
見間違いではない。
穂琉三の目の前には朝花がいた。
手にはひまわりを抱えて。




