物語No.41『敗北の後で』
異境病院。
異境学園のリゾートエリアに設立された総合病院。
そこは稲荷や八百比丘尼のように異世界出身者が紛れ、働いている。
森の悪魔との戦闘を終え、日が変わり、放課後になっていた。
病院の廊下を歩くとある看護師を、ある女子生徒が引き止める。
「ディディエリさん、二人の傷を治しすぎないで下さいね」
彼女の種族はサキュバスだが、容姿を人へ変える能力を使用しているため、人と見分けがつかない。
「分かったけどさ、神妹はそれで良いの。接続者には強くなってもらいたいんでしょ。だったら一刻も早く傷を治した方が良いんじゃない」
「それは駄目です。彼らには誰にも頼らず強くなってもらわなくては」
「ふーん。やっぱ神妹、スパルタだね」
そう言い、ディディエリは病室へ歩き出した。
♤
涙に濡れた目を開ける。
希望を求めて伸ばした手は、何を掴むでもなく空虚にさ迷っていた。
また俺は失ったのか。
「朝花……」
病床で目覚めた俺は、布団を力強く握りしめる。
今はもう側にいない君へ思いを馳せるけれど。
机には花瓶が置かれ、花が添えられている。
誰が置いたのだろうか。
添えられていたのはひまわりだった。
俺はひまわりをじっと見ていた。
「嵐、起きたんだね」
花から声がする。
「八百比丘尼か」
恐らくは花瓶に入っている水から声だけを出しているのだろう。
相変わらず便利な能力だ。
「八百比丘尼、少し、昔の話を聞いてくれ」
「うん。何でも話して」
八百比丘尼は優しく頷く。
俺は朝花のことを思い出していた。
「朝花に会った時の俺は、もう人生なんて嫌なものだと決めつけていた。妹が死んで、人生に意味がなくなったあの日から、ずっと俺の人生は空っぽだった。でも、朝花に出会ってから何かが変わった」
あの日、ひまわりが咲く花園で君に会った日から。
「あの日、確かに俺は変わった。妹が死んでから自堕落に生きていた俺だったけど、朝花に出会ってからは人生に意味を見つけられた。まだ人生には希望があるって思ったんだ」
「朝花は、嵐にとって大切な人だったんだね」
「ああ。誰よりも大切で、自分の命よりも大切な……」
だからこそ、俺は自分の弱さが嫌いだ。
「なあ八百比丘尼、俺は結局守れなかったんだよな」
「…………」
「それに、もう二度と扉が現れることはない。せっかく掴んだチャンスを俺は逃したんだから」
「嵐は……嵐はできる限りのことはしたよ。全力で戦った。だから、仕方がなかったんだ。それほどの相手だったんだから」
仕方がなかった。
それで朝花が戻ってくるはずもない。
同情させたところで、俺が負けたことに変わりはない。救えなかったことに変わりはないんだ。
「八百比丘尼、俺はまだ強くなれるかな。俺はもっと……強くなれるのかな」
頬を涙が伝う。
守れなかった無力さを痛感する。
俺は弱い。
弱いからって、助けられないのか。
大切な人は強くなくちゃ守れないのか。
悔しいよ。
悲しいよ。
ただ笑っていられたら。
ただ君を側で感じていたい。
それだけだったのに。
君との日々があんなにも愛おしかったから。
俺は……
まだ君に言えていない。
この思いを伝えるまでは。
「俺は朝花に会いたい。会いたいんだ。まだ俺は、あいつに会えるよな」
「朝花はまだ生きている。諦めなければ、きっと方法が見つかる」
「ああ。いつか、君に……」
会いたい時に側にいない。
その悲しさが、俺の心に痛みを走らせる。
その痛みは、どこまでも深く。
♡
僕は五蝶が入院している病室の前で立ち止まっていた。
扉を少し開け、聞こえてきたのは、涙が落ちる音。
最初に彼に出会って思ったのは、強い、だった。
強い彼にも、倒せない相手がいた。
僕はこれからも戦い続けるだろう。
その度に死にかける。
それでも僕は、勝利を掴み続けることができるのだろうか。
どれだけ強くなれば、悲しみを消すことができるのだろうか。
「穂琉三、こんなところで何してる。歩けるほど傷は回復していないんだぞ」
赤い光球が側に浮いていた。
確かに先の戦いで傷を負い、身体の所々には火傷を、左腕は未だ骨折しており、また全身に痛みが巡っている。
だが不思議と歩ける。肉体が徐々に魔力に慣れ、強化している証拠だろうか。
僕は病室の扉を閉め、少し離れる。
「ヒルコ……。異世界ってやっぱり怖いね」
「それでもお前は戦わなければいけない。接続者として」
「ヒルコはさ、怖くないの」
「死ぬことは確かに怖い。それでも怖いことばかりが人生じゃないだろ。人生には幾つもの要素があって、その一つに恐怖があるだけ。中には幸せや喜びだってあるんだ。だから怖くなったら、そういうことを考えて気を紛らせる」
「そっか」
ヒルコも怖いんだ。
誰だって死は怖い。
今まで積み重ねてきたものが一瞬で消え去るんだから。
知識、経験、友情、愛情、そういった長い時間をかけて積み重ねてきたものは、死という事象の前に一瞬で無に帰す。
僕はそれが怖い。
その事を考えると、自分の人生に意味があるのか、とさえ考えてしまう。
僕は何のために生きている。
何のために生きて、何のために死ぬのだろう。
死んだ後に僕は天国に行くのだろうか。それとも地獄か。はたまたそれ以外の答えが待っているのか。
きっと分からないから怖いんだ。
知らない人と初めて話す時は緊張するし、どんな人か分からない限り潜在的な恐怖はつきまとう。
怒りやすい人だったらどうしよう。話が合わなかったらどうしよう。嫌われていたらどうしよう。
気にしなければ良いだけなのかもしれない。
でも、僕はそれらを気にしないなんてできなくて。
いつだって気にしてしまう。
誰かが悲しんでいると、僕も悲しくなってしまうから。
だから思うんだ。
どうか、世界が今よりも良くなっていますように。
ただ願い続ける。
誰もが笑える世界があったなら。
僕はそんな世界で生きていきたい。
だから僕は──
「ねえヒルコ、扉を探しに行こう」
──諦めたくないんだって思うんだ。




