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一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章3『花園で眠る君に』編
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物語No.40『五蝶嵐・プロローグ』

 幼い頃の俺はケンカばかりしていた。

 他人と自分の考えが合わない。

 そんな当たり前のことに俺はイラついていた。

 勉強のできる奴できない奴。

 運動のできる奴できない奴。

 誰もが等しいわけじゃない。

 誰もが違いを持っている。

 なのに俺は、全てが等しくあってほしかったから。


 ──どうして?


 俺の妹は生まれつき身体が弱かった。

 歩くにも補助が必要で、青空の下を走り回ることもできない。

 それでも楓夏(ふうか)は俺を恨むことをしなかった。

 常に笑顔で、心配なんてさせてくれなかった。


 誰もが平等だったなら。

 誰もが対等だったなら。


 そんな世界だったなら……




 ──俺は笑えていたのだろうか。



 ♤



 今でも覚えている。

 蝉の鳴き声がうるさく、太陽が妙に眩しかった夏の日。

 麦わら帽子を被り、杖をついてひまわり畑を歩いていた楓夏が突然倒れた。

 俺は何度も声をかけた。必死に叫んだ。

 だが言葉は返ってこない。

 俺の手を握り返した楓夏の熱だけが、俺の手にいつまでも残り続けた。


 数日後、楓夏が死んだ。

 ひまわり畑に行く約束をした日に、既に寿命は迎えていたらしい。それから一ヶ月、ひまわり畑に行く日まで楓夏は生き続けた。


 どうして……。


 不思議と涙が止まらなかった。

 こんなにも辛い気持ちになったのは初めてだった。

 俺は、結局楓夏に何かしてあげられたのか。

 兄として、俺に笑顔を向け続けた妹に。


 どうして……。


 どうして……。


 何もできなかった俺に恨みの言葉を吐かなかった。


 いつまでも思い続ける。

 俺ができた唯一のことは、ひまわり畑に連れていったこと。

 いや、本当にあいつはそれで満足したのか。

 結局あの日、楓夏は死んだ。

 楓夏があの日何を思っていたのか。

 俺は知ることはできない。

 死人に口なし。

 なんて残酷な話だ。

 まだお前と話したかったのに。

 罪は俺にあるのに。

 どうして世界は楓夏を奪った。


 あの日から毎日、俺はひまわり畑に通っている。

 そんなことで償えるとは思っていない。

 またあの日を再現したら楓夏が蘇ってくれるのではないか。

 理想を抱えて俺はひまわり畑をさ迷い続ける。

 楓夏のいない、ひまわり畑を。


 ひまわり畑に通い続けて一年。

 ひまわりの咲いていない季節も通い続けたが、結局楓夏には会えなかった。

 それでも毎日ここへ足を運んでいる。

 またあの夏がやって来た。

 楓夏を失ったあの夏が。

 蝉のうるさく鳴く声、太陽がやけに眩しく、世界が仄かに見えてくる。

 ああ、後ろを振り返れば、また楓夏が現れるんじゃないか。

 名前を呼べば……


 俺は振り返り、名前を呼ぶ。


「楓夏」


 俺は目を疑った。

 振り返った先、そこにはひまわりに祈りを捧げる少女がいた。

 楓夏と同じ太陽のような髪色、楓夏と同じく肩下まで髪を伸ばし、楓夏と同じ翡翠色の目をしている。

 服装は楓夏と同じ純白のワンピースに麦わら帽子。

 自分の願いが叶ったのではないか。

 祈りを捧げる少女が楓夏に見え、彼女のもとへ駆け寄る。


 俺は自然と足を止める。

 いや、分かっていた。

 分かっていたけど……


 少女は俺に気づき、顔を向けた。

 楓夏に似ている顔だが、楓夏ではない。

 奇跡なんて起こるはずがない。

 分かっていた。


 でも……、


「どうして泣いてるの?」


 俺は泣いていたのか。

 少女は心配そうに俺を見つめ、翡翠の瞳で問いかける。


「ごめん……。一瞬君が……亡くなった妹に見えて……」


 俺は涙をぬぐいながら答える。

 涙は溢れ、止まらない。

 そんな俺を心配してか、少女は俺にそっと近づき、純白のハンカチを手渡した。


「これ使って」


「え、でも……」


「泣いている君をただ見ているだけなんて、私にはできないからね」


 少女は太陽のような笑顔を向けて言った。

 その笑顔は、楓夏によく似ていた。


「君は……」


 ハンカチを受け取り、俺は彼女と楓夏を重ね合わせていた。


「私は朝花。よろしくね」


「俺は嵐。よろしく」


 楓夏が死んでから一年。

 俺は楓夏によく似た少女に出会った。


 朝花。

 俺はもう一度君に会いたいと思った。

 君は楓夏じゃない。

 でも、君に会いたいと思った。

 また次の日、俺はあのひまわり畑に行った。

 風に揺られ、舞う花びらの中に、君を見つけた。



 ♡



 中学に上がり、俺は百花学園に入学した。

 俺が入学してから一年後、朝花も百花学園に入学した。

 白を基調とした制服。

 胸ポケットには花冠の紋章が刻まれている。

 朝花を見ていると楓夏のことを思い出す。

 どうして君は、こんなにも楓夏に似ているの。


 彼女の顔を見る度に、俺の脳裏には夏の憂鬱がよぎる。

 君を楓夏に重ねている。

 いつまでも重ね続けるのだろうか。

 いつか君を朝花として見る日は来るのだろうか。


 そんな日々に、やがて異世界が訪れた。

 高等部一年が始まった日。

 ひまわりが咲く花園の湖で、人魚に会った。


「やっほー、私は八百比丘尼。やがて君の学園が異世界と接続する。そこで君たちに接続者として魔物と戦ってもらいたい」


 意味が分からなかった。

 なぜ俺と朝花が選ばれた。

 しかも魔物と戦う。

 それは命懸けだった。


 俺と朝花は八百比丘尼から詠唱魔法を習得した。

 とはいっても、長文詠唱は魔力や熟練度の関係から不可能。

 できるのは一言詠唱。

 自分の魔力を込め、愛着を持った道具への命令程度の未熟な魔法。

「槍よ飛べ」「槍よ降れ」「槍よ来い」といった単純な命令。


 俺は初日に八百比丘尼から受け取った〈銀翼蝶〉と呼ばれる槍でモンスターと戦い続けた。

 八百比丘尼が言うには、銀翼蝶と呼ばれるモンスターから造られた武器であり、自然と風を纏うらしい。

 朝花は詠唱魔法による回復を担当し、前線には立たせない。

 また失うわけにはいかない。

 もう誰も失いたくない。

 だから俺が強くならなくちゃ……


「なあ八百比丘尼、もっと強い詠唱はないのか」


「詠唱は基本降りてくる。相伝の詠唱とかはあるけど、多少のリスクもあるから降りてくるのを待つしかないね」


「どうやったら降りてくる?」


「一概には言えないけど、限界を超えた戦いの中でなら、詠唱の一つや二つは降りてくるんじゃないかな」


 それからも俺は戦い続けた。

 だが一向に新たな詠唱魔法を獲得することはなかった。

 強くなりたい。

 大切な人を守るために。

 なのに俺は、どうして強くなれない。


 そしてあの日が来た。


 五月七日。

 百花学園に森の悪魔(フォレスト・デビル)が現れた。

 扉から現れた巨大な木が、朝花を拐った。


「逃がすか。朝花、俺は──」


 槍を振るい、襲いかかる木のモンスターを次々と斬り倒し、森の悪魔(フォレスト・デビル)に肉薄する。

 あと少しで槍が届く。

 もう少しで朝花を取り返せる。


 槍を振り下ろした。

 その間際、地面から突き出た巨大な根が俺の腹を強く撃ちつけた。

 衝撃を受け、地面を二転三転して大地を転がる。


「あ……っ、あと少しで朝花を……取り返せたのに…………」


 森の悪魔(フォレスト・デビル)が異世界への扉を潜ろうとしている。

 逃がすわけにはいかない。

 俺はもう、失いたくないから。


 突如、俺の周囲の風が揺れる。

 その風が俺の右腕に握られた槍へ集まる。

 必死に力を振り絞って立ち上がり、槍を握って投てきの構えをとる。


「守りたい君のために。

嵐槍(ランス)』」


 自然と湧き出た言葉。

 その言葉とともに槍には風が勢いよく巻きつき、その槍を敵に向けて投げつけた。

 槍は森の悪魔(フォレスト・デビル)の体をえぐった。木々は砕け、朝花を抱えていた枝も折れかかっている。


 このまま攻める。


「槍よ来い」


 俺は槍を手もとまで戻す。

 握りしめた槍を再度投てきの構えで──


 刹那、地中から飛び出した根に頭を撃たれた。

 気を失うほどの一撃に足取りはふらつき、そのまま体を地面に倒した。

 立ち上がれない。

 何とか顔だけ上げると、既に森の悪魔(フォレスト・デビル)は異世界へ続く扉をくぐっていた。


「朝花っ!」


 追いかけようにも動かない。

 足が、腕が、意識が遠退いていく。

 次第に扉は閉じられ、


「…………」


 朝花は異世界へ姿を消した。

 俺は朝花を守れなかった。

 まただ。

 また失うのか。


 俺は……



 ──本当に弱いな。



 だから強くなろう。

 朝花を取り戻すために。


 俺は朝花を取り戻して、ある気持ちを伝えたい。

 だからどうか、それまでは──


「生きていて。朝花」


 必ず取り戻す。

 命に変えても。

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