物語No.35『風』
十九時。
撮鳥さんと分かれ、僕と愛六は百花学園校門前で立ち話をしていた。
「ねえ愛六、どうして接続者は百花学園にいるって思ったの?」
「勘」
「なるほど……」
愛六はそっけ無い返事で答える。
「これまで三つの現場を見てみたでしょ。あれって魔法の実験をしてたのかな」
「その可能性が高い。でも……」
外での魔法の行使。
僕らはどの現象も魔法なくして起こりえないと感じていた。
巨石が自力で動くはずもなく、たとえ人力でも木々を薙ぎ倒せるほど腕力を持つ者もいない。
つまりは接続者。
接続者がいるとなると、もう一つの疑問が湧く。
「百花学園も異世界と接続しているのかな?」
仮に百花学園が異世界と接続していた場合、その接続者も日々戦っていることになる。
であればその人物に救援を求めることは難しい。
「とにかく確かめてみよう」
百花学園に二十四時から潜入。
そうなってくると、
「「どっちが百花学園に行く」」
必ずどちらかが今まで通り自分達の学園を守らなければいけない。
二手に分かれることになる。
愛六は僕を窺う。
僕は目を背ける。
「まあそうだよね。さすがに初対面相手に話すのは難しい」
僕の内心をまんまと言い当てられた。
「私が接続者と接触する。まあ会えるかは分からないけど」
「……うん」
「だから私たちの学園は任せたよ」
僕は学園を任された。
適材適所だ。
僕はヒルコとともに学園に戻る。
♤
二十四時を迎える。
百花学園にいた愛六は掃除ロッカーから出て、壁にかけられた時計を確認する。
時刻は、
「零時一分……」
もし接続が行われていたのなら、時間が零時を過ぎることはない。
つまり百花学園は異世界と接続していないということ。
校庭や校舎を見回しても、モンスターの姿は見られない。
「零時を過ぎちゃったんだ。じゃあ今頃穂琉三は学園を守り抜いた後かな」
愛六は穂琉三がいるであろう学園の方角に目を向ける。
「接続者の当ては外れたな。これで十三日に来る強敵は倒せるかどうか」
「大丈夫ですよ。今までだって強いモンスターと戦ってきました。それに倒さずとも扉を閉じればいいんです。いくらでも方法はあります」
ミナカが励ましの言葉を投げる。
だが神妹がわさわざ忠告をするということは、今まで通りじゃ厳しいということ。
愛六は眉をひそめる。
「接続者は私たち以外にもいるはずだ。それは私たちの学園にだって……」
あくまでも可能性。
自分たちが置かれた状況を踏まえると、新たな接続者を願うしかない。
「考えていても仕方ないか」
軽く屈伸をし、気を入れ直す。
「ミナカ、急いで学園に戻るよ」
「はい」
愛六は学園へ走り出した。
わずかに人並み外れた速さで。
♤
僕は稲荷とともに学園にいた。
学園は異世界と接続し、学園のどこかに扉が現れる。
稲荷は場所を高等部区画だと嗅ぎ付け、高等部区画でモンスターと戦闘を繰り広げていた。
「あれ……?」
「どうした?」
稲荷が鼻をくんくん鳴らしながら、中等部区画を見る。
「いや、気のせい……のだ? だって二つも……それはあり得ないのだ」
稲荷は中等部区画を見続ける。
「あれ……? 消えたのだ……!?」
「稲荷、木陰に隠れていろ。今から校舎内に入って扉を見つける」
「わ、分かったのだ」
稲荷の動揺の理由を知りたかったが、今は扉を閉じることが優先だ。
稲荷は木陰に隠れ、僕は拳に火炎を纏って校舎内に突撃する。
火炎が踊る宵闇。
異形がさ迷う学園。
校舎を走り回り、屋上に着く。
屋上には扉があった。
周囲を見回し、近くにモンスターがいないことを確認する。
「ヒルコ」
呼び掛けに答え、ヒルコは鍵に変化して手もとに落ちる。
「これで──」
鍵穴に鍵を通す寸前、その刹那に衝撃が走る。
床の崩壊とともに、懐に人牛の魔物が出現。ヒルコが光球に戻る間もなく、人牛の拳が脇腹を直撃した。
「あぐわ……っ!」
激痛と手を取りながら宙高く舞い上がった。
この高さから落ちればしばらくは戦えない。そうなれば今後の危機により一層対処できなくなる。
助かる術はない。
絶望した。
こんなところで死ぬのか。
こんなに呆気なく死ぬのか。
僕はまだ死にたくない。
こんなところで──
「死にたくないのに……」
絶望が襲った。
命が遠ざかる。
──死ぬ。
そう直感した刹那、
「じゃあ、助けてあげるよ」
風が吹いた。
髪を頬に当てるような優しい風。
木々を歌わせるような温かい風。
風は僕を抱えて空を飛んだ。
「……っ!?」
それは人だった。
空を飛ぶ槍の上に立ち、落下していた僕をすんなりと抱えた。
白を基調とした制服を着た少年。
その制服は百花学園の生徒と同じものだった。
そうか。
この人が。
「君、精霊と一緒にいるんだ。いいな」
戦いの一部始終を見ていたのか、彼はそう言った。
視線は僕から屋上にいる人牛の魔物に移る。
屋上は半壊していたが、扉がある部分は壊れず残っていた。
「だけど俺には精霊はいらない。だって俺は精霊なしでも強いからな」
彼は微笑み、まるで勝利を確信しているかのような笑みを浮かべている。
「槍よ降れ」
その呟きに誘われ、彼の乗る槍は屋上に向かって勢いよく降下する。
人牛の魔物が回避行動をとる隙すら与えず、風に乗った槍が魔物の胴体を貫いた。
圧倒的威力。
僕はただ、彼の実力に力の差を感じるしかなかった。
「さ、扉を閉めよう」
彼は僕を下ろすと、手を上に広げる。
「鍵よ来い」
そう呟くと、彼の手もとに鍵が現れる。
その鍵で扉を閉めると、学園中のモンスターが光柱に焼かれ、消滅していく。
僕が苦戦した戦況を、彼は一瞬で終わらせた。
強い。
僕や愛六よりも格段に。
「おいお前ら、百花学園で誰かを探しているみたいだったけど、接続者でも探していたのか」
目的を話していないのに、彼は何かを察しているようだった。
「お前たちの傷の具合を見るに、協力者を得ようとしていたんだろ。今の様じゃ死ぬだけだしな」
全てを見透かされているようだ。
説明をする手間が省けた。
僕がわざわざ喋らなくても大体は理解しているようだし。
「明日一日だけ協力をお願いしたいんですけど……良いですか」
彼は即答しなかった。
しばらく考え込むためか空を見上げる。
今度は視線を落とし、花壇の方を見下ろす。
「条件がある」
「条件……ですか?」
とても呑めないような条件を出されれば、愛六と二人で戦う覚悟を決めなければいけないが……
「その日、俺は扉の先に行く。お前らもついてこい」
「……は!?」
扉の先。
それが意味するのは、モンスターの巣窟。
自ら死地に飛び込むようなもの。
「それを呑めなければ、どのみちお前は明日死ぬ」
十三日、神妹の忠告通りなら、彼の協力を得られなければ死ぬ。
いずれにせよ、待っているのは死。
絶望の二択に、僕は──
「受けてやろうじゃない」
彼の後ろ、青い光球をそばに浮かべる少女──愛六が答える。
「良いだろう。では引き受けよう」
「私は瀧戸愛六。あなたは?」
「五蝶嵐だ」
彼──五蝶嵐の協力を得ることに成功した。
だがその条件は、非常に重いものだった。
この先、十三日に来る敵から、僕らは生き残れるだろうか。




