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一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章2『瀧戸愛六の葛藤』編
33/110

物語No.30『恩返し』

 不調の愛六を眺めながら、穂琉三は母親に悩みを打ち明ける。


「愛六にはたくさん助けられた。だから、力になりたい。せめて相談だけでも乗ってあげたい。でも……愛六は友達が多いから……それを言う時間がなくて……」


 穂琉三は自信無さそうに伝えた。

 その目には自分への不甲斐なさが込められている。


「悲観をする必要はない。十分成長してる」


 穂琉三の卑下を打ち消すように、母は言う。


「今までの穂琉三だったら壁際にうずくまったまま動けなかった。こうやって行動しようとしてるのは紛れもない成長だ」


 母は穂琉三の頭に手を置く。

 母の温かさに触れ、穂琉三の目は和らぐ。


「困った時は周りを頼れ。誰かを救う時は自分一人じゃなくて良い。私や撮鳥や愛六、頼れる仲間がいるから」


「うん」


「私が愛六との時間を作ってやる。体育館の外で待ってろ。そこから先は穂琉三にしかできない」


「頑張るよ」


 手にしていた甘酒の入った小さなコップを、ルージュが輝く口に寄せる。


「ところで穂琉三は愛六という人物をどう思う?」


「完璧。何でもできる。あと……友達が多い」


 友達、その言葉を言い慣れていない穂琉三。

 母は微笑ましそうにしいながら、くるくるの髪の毛を一本掴んでそっとねじる。


「全て事実だ。だが、その分彼女は弱さをさらけ出さないし、周りも弱さに気付かない。愛六は優秀だから頼られることはあっても、頼ったことはない」


 穂琉三は頷く。

 愛六はいつも周りから頼られている。彼女の予定は他人への優しさからいつも埋まっており、ほとんど暇な時間はない。その中でも勉強を欠かさず、運動もして優秀な成績をとり続けてきた。

 明るく気さくで、友達も多い。

 これまで何度も見てきては、羨んだ。


「弱さを誰よりも知っている穂琉三だからできることもある。弱さは恥じゃない。まだ強くなれる余白だ」


 母は去りながら言う。


「だから穂琉三、愛六を助けてやってくれ」


 愛六は苦しんでいる。

 母はそれを知っているようだった。


 母は壁際で休む愛六のもとに歩み寄る。


「やっぱお前の母親はすげえな。ちゃんと生徒のことを見ている」


「僕が最も尊敬する人だよ」


 ヒルコも穂琉三の母に感心していた。

 そのことを最も喜んだのは穂琉三だった。


 母に言われた通り、穂琉三は体育館を出て人気のない裏に回る。

 案の定、母は愛六を連れて体育館裏に現れた。


「私はもう行く。じゃあな」


 母は颯爽と帰っていく。


 体育館裏に二人きり。

 本来なら告白のシチュエーション。

 だが二人とも違うことは分かっている。


「何?」


 愛六は腕を組み、少し機嫌が悪そうに問いかける。


「あの、何か困ってることあるの?」


「ないけど……」


 やはりだ。

 愛六は弱さを打ち明けない。


 それでも穂琉三はめげない。


「困っているなら僕が相談に乗る」


「困ってないって」


「で、でも、さっきの演技の時調子が悪そうだったよ。それに昨日の戦いの時も」


「ちょっと体調が優れないだけ。別に困ってなんてないから」


 強い口調で否定する。

 穂琉三は足を後ろに下げる。


「……帰るね」


 圧に潰され、穂琉三は口を閉ざした。

 愛六はわずかに瞳を揺らし、体育館へ足を返した。

 体育館へ戻っていく。

 遠ざかる背中をただ見つめながら、穂琉三は口を閉ざし続ける。


 止める言葉を必死に探す。

 彼女が弱さをさらけ出してくれる言葉を懸命に探す。

 彼女に報いるために。寄り添うために。


「僕は、弱いんだっ」


「……はっ?」


 突如のカミングアウトに愛六は怪訝な顔で振り返る。

 足は止まる。


「僕は人一倍弱い。人に話しかける勇気もろくにない臆病者だ。でも、撮鳥さんが、愛六が、母さんが、色んな人が僕を助けてくれた」


「……」


「特に愛六には助けられてばっかりなんだ。僕が戦いに参加しなかった時は一人で戦ってくれた。僕がカッコいい男になりたいって言ったら、そうなれるように助言をしてくれた。本当にたくさん助けられたんだ」


 ずっと感謝していた。


「今度は僕が君を助けたい」


 胸を押さえながら訴える。

 これまで思いを真っ直ぐに伝えたことはなかった。


「僕は弱い。それでも、僕に君を助けさせてほしい。どんな悩みでも相談に乗るから。できるなら君と一緒に戦うから。だからどうか、僕に悩みを打ち明けてください」


「────」



 ♤



 私は孤独だ。

 学校にも家にも、親しい人はたくさんいる。

 それなのにどうして、私の心は埋まらない。

 原因は分かっている。

 私は誰にも弱さを打ち明けられない。

 緋影が死んだあの日から、弱い人物は圧し殺した。


 弱さを嫌った。

 弱さを憎んだ。

 強さを望んだ。


 強い私にしか意味がない。

 他人を救うには強くなきゃ意味がない。


 誰よりも知恵を。

 誰よりも身体能力を。


 強くなろうと努力し続けた。

 いつもは緋影が側で色々教えてくれる。

 時には叱責を。時には手本を。時には称賛を。


 彼との日々が私を強くした。

 だからこそ、彼の死は私を変えた。


 強さは緋影の復讐をするために。

 ──違う。

 今度こそ大切な人を守るために。

 だけど今雫を拐われ、今度は雫に命の危険が迫っている。


 結局私は弱いままだ。

 強くなんてない。



 なのに、どうしてお前は自分が弱いと平気で言えるんだ。

 弱さなんていらない。

 弱さをさらけ出して何になる。


 穂琉三、お前は本当に変な奴だ。


 私を助ける?

 本当にバカだな。

 本当に……


 ああ。

 もし弱さを打ち明ければ、強い自分はどこへ行く。

 風船のようにどこかに飛んでいって、二度と戻ってこないのか。

 考えてみれば簡単な話だ。

 頼れば良かった。

 そんな考えは今までの私なら否定していた。

 でも穂琉三の成長を間近で見てきたから、弱かったはずのあいつが強くなっていったから。

 私の考えは根底から覆された。


 弱さを晒したところで強くなれるじゃん。

 強さに固執する必要なんてなかった。


 本当にバカだな。私は。


 弱い自分から目を背けたままじゃ成長できない。

 私も穂琉三みたいに変わりたい。

 だから──



「日向穂琉三。お願いがある」


 頼ろう。


「私を助けて」


 初めて人に涙を見せた。

 一滴の涙が、雫となって流れた。

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