物語No.30『恩返し』
不調の愛六を眺めながら、穂琉三は母親に悩みを打ち明ける。
「愛六にはたくさん助けられた。だから、力になりたい。せめて相談だけでも乗ってあげたい。でも……愛六は友達が多いから……それを言う時間がなくて……」
穂琉三は自信無さそうに伝えた。
その目には自分への不甲斐なさが込められている。
「悲観をする必要はない。十分成長してる」
穂琉三の卑下を打ち消すように、母は言う。
「今までの穂琉三だったら壁際にうずくまったまま動けなかった。こうやって行動しようとしてるのは紛れもない成長だ」
母は穂琉三の頭に手を置く。
母の温かさに触れ、穂琉三の目は和らぐ。
「困った時は周りを頼れ。誰かを救う時は自分一人じゃなくて良い。私や撮鳥や愛六、頼れる仲間がいるから」
「うん」
「私が愛六との時間を作ってやる。体育館の外で待ってろ。そこから先は穂琉三にしかできない」
「頑張るよ」
手にしていた甘酒の入った小さなコップを、ルージュが輝く口に寄せる。
「ところで穂琉三は愛六という人物をどう思う?」
「完璧。何でもできる。あと……友達が多い」
友達、その言葉を言い慣れていない穂琉三。
母は微笑ましそうにしいながら、くるくるの髪の毛を一本掴んでそっとねじる。
「全て事実だ。だが、その分彼女は弱さをさらけ出さないし、周りも弱さに気付かない。愛六は優秀だから頼られることはあっても、頼ったことはない」
穂琉三は頷く。
愛六はいつも周りから頼られている。彼女の予定は他人への優しさからいつも埋まっており、ほとんど暇な時間はない。その中でも勉強を欠かさず、運動もして優秀な成績をとり続けてきた。
明るく気さくで、友達も多い。
これまで何度も見てきては、羨んだ。
「弱さを誰よりも知っている穂琉三だからできることもある。弱さは恥じゃない。まだ強くなれる余白だ」
母は去りながら言う。
「だから穂琉三、愛六を助けてやってくれ」
愛六は苦しんでいる。
母はそれを知っているようだった。
母は壁際で休む愛六のもとに歩み寄る。
「やっぱお前の母親はすげえな。ちゃんと生徒のことを見ている」
「僕が最も尊敬する人だよ」
ヒルコも穂琉三の母に感心していた。
そのことを最も喜んだのは穂琉三だった。
母に言われた通り、穂琉三は体育館を出て人気のない裏に回る。
案の定、母は愛六を連れて体育館裏に現れた。
「私はもう行く。じゃあな」
母は颯爽と帰っていく。
体育館裏に二人きり。
本来なら告白のシチュエーション。
だが二人とも違うことは分かっている。
「何?」
愛六は腕を組み、少し機嫌が悪そうに問いかける。
「あの、何か困ってることあるの?」
「ないけど……」
やはりだ。
愛六は弱さを打ち明けない。
それでも穂琉三はめげない。
「困っているなら僕が相談に乗る」
「困ってないって」
「で、でも、さっきの演技の時調子が悪そうだったよ。それに昨日の戦いの時も」
「ちょっと体調が優れないだけ。別に困ってなんてないから」
強い口調で否定する。
穂琉三は足を後ろに下げる。
「……帰るね」
圧に潰され、穂琉三は口を閉ざした。
愛六はわずかに瞳を揺らし、体育館へ足を返した。
体育館へ戻っていく。
遠ざかる背中をただ見つめながら、穂琉三は口を閉ざし続ける。
止める言葉を必死に探す。
彼女が弱さをさらけ出してくれる言葉を懸命に探す。
彼女に報いるために。寄り添うために。
「僕は、弱いんだっ」
「……はっ?」
突如のカミングアウトに愛六は怪訝な顔で振り返る。
足は止まる。
「僕は人一倍弱い。人に話しかける勇気もろくにない臆病者だ。でも、撮鳥さんが、愛六が、母さんが、色んな人が僕を助けてくれた」
「……」
「特に愛六には助けられてばっかりなんだ。僕が戦いに参加しなかった時は一人で戦ってくれた。僕がカッコいい男になりたいって言ったら、そうなれるように助言をしてくれた。本当にたくさん助けられたんだ」
ずっと感謝していた。
「今度は僕が君を助けたい」
胸を押さえながら訴える。
これまで思いを真っ直ぐに伝えたことはなかった。
「僕は弱い。それでも、僕に君を助けさせてほしい。どんな悩みでも相談に乗るから。できるなら君と一緒に戦うから。だからどうか、僕に悩みを打ち明けてください」
「────」
♤
私は孤独だ。
学校にも家にも、親しい人はたくさんいる。
それなのにどうして、私の心は埋まらない。
原因は分かっている。
私は誰にも弱さを打ち明けられない。
緋影が死んだあの日から、弱い人物は圧し殺した。
弱さを嫌った。
弱さを憎んだ。
強さを望んだ。
強い私にしか意味がない。
他人を救うには強くなきゃ意味がない。
誰よりも知恵を。
誰よりも身体能力を。
強くなろうと努力し続けた。
いつもは緋影が側で色々教えてくれる。
時には叱責を。時には手本を。時には称賛を。
彼との日々が私を強くした。
だからこそ、彼の死は私を変えた。
強さは緋影の復讐をするために。
──違う。
今度こそ大切な人を守るために。
だけど今雫を拐われ、今度は雫に命の危険が迫っている。
結局私は弱いままだ。
強くなんてない。
なのに、どうしてお前は自分が弱いと平気で言えるんだ。
弱さなんていらない。
弱さをさらけ出して何になる。
穂琉三、お前は本当に変な奴だ。
私を助ける?
本当にバカだな。
本当に……
ああ。
もし弱さを打ち明ければ、強い自分はどこへ行く。
風船のようにどこかに飛んでいって、二度と戻ってこないのか。
考えてみれば簡単な話だ。
頼れば良かった。
そんな考えは今までの私なら否定していた。
でも穂琉三の成長を間近で見てきたから、弱かったはずのあいつが強くなっていったから。
私の考えは根底から覆された。
弱さを晒したところで強くなれるじゃん。
強さに固執する必要なんてなかった。
本当にバカだな。私は。
弱い自分から目を背けたままじゃ成長できない。
私も穂琉三みたいに変わりたい。
だから──
「日向穂琉三。お願いがある」
頼ろう。
「私を助けて」
初めて人に涙を見せた。
一滴の涙が、雫となって流れた。




