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一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章2『瀧戸愛六の葛藤』編
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物語No.27『水槽の中』

 瀧戸神社での修行が始まってから一ヶ月が経った。

 全員がいつものように屋敷の大広間で休憩をとっていると、新しい子供が神主とともに部屋に入る。

 新たに一人、修行に加わることになった。


 彼の名前は和泉(らん)

 雫の義理の兄だ。

 ここは和泉家が管理する瀧戸神社。

 なぜ修行に加わるのが一ヶ月も経ってからなのか疑問だった。


「どうして雫のお兄ちゃんは遅れて修行に参加してるの?」


「学校で問題を起こしちゃったんだよ。だから清めの儀式を受けに両親とともにしばらく本家に出向いてた」


 そういえばこの神社に来てから雫の両親に会ったことがなかった。


 私たちと対面した彼は異彩を放っていた。

 体つきから異様だった。集められた子供の中では最も大きく、筋肉も程よくついていた。目つきは鬼のようで、見つめ合えばそれだけで気絶するほどの威力。

 子供の中に大人が紛れているような空気感。


「雫のお兄ちゃんは学校で何をしたの」


「…………」


 雫は黙り込む。


「雫、ちょっと来い」


「う、うん……」


 彼は鋭い目つきで雫を見下ろし、拳を鳴らしながら言い放つ。雫は脅えたように返事をし、彼のもとに足を伸ばす。


「雫……?」


「ちょっと待ってて。大丈夫だから」


 雫は笑っていなかった。


 彼は一瞬私を睨んだ。

 彼と雫は一時間以上別の場所に姿を消した。探しに行こうとも思ったが、体は動かなかった。

 心がやめておけと、そう言っていた。


 戻ってきた雫の顔は赤く腫れていた。

 袖で隠れた腕を押さえ、痛そうにしていた。


 雫は無理矢理笑っていたが、嘘だ。


「さあ、今日も一緒に頑張ろうね。愛六」


 私は気づいた。

 雫は私に弱みを見せない。

 私の前では彼女は常に気丈に振る舞おうとしていた。


 どうしてあなたは強く振る舞おうとするの。

 どうしてあなたは私に真実を隠すの。


 あなたの弱さを私は嫌わないのに。

 友達をやめたりしないのに。


 どうして私の前で裸にならないの。




 それ以降、雫との会話はいつもよりぎこちなかった。

 彼女と本音で語り合えない。そう思うと不思議にも言葉は出なかった。


 毎日雫は兄に呼び出され、その度に体のどこかを腫らして帰ってくる。

 私から言うべきだろうか。

 聞いたとして、雫との関係は今まで通りに続くだろうか。変なことに踏み込んでいるのではないだろうか。


 考えれば考えるほど、踏み出す足は動かない。


 私は私が思っている以上に臆病だったんだ。


「…………」


 目を逸らし続けた。

 雫の痛みから。



 しばらくして、また新たに子供が一人やって来る。

 細身の少年。

 軟弱な見た目で、吹けば飛んでいってしまいそうだ。


 彼の名前は逆波(さかなみ)緋影(ひかげ)

 分家出身。


 彼は全ての修行に数日で対応した。中には私が一ヶ月以上かけてようやく習得したようなものまである。

 努力を積み重ねた私を一瞬で追い越していった。

 悔しかった。嫉妬した。


「ねえ緋影、そんなに早く修行に適応できるのって何で?」


 緋影は考えるように上を向いた。


「あなたは本家出身でしたよね」


「うん」


「じゃあ知ってるよね。精霊術のことを」


「精霊術……? 精霊は知ってるけど」


 緋影は再び口を塞ぎ、観察するように私を見た。


「あなたがここへ来た理由が分かりました。落ちこぼれたのですね」


 見通すように緋影は言った。

 頭のいい人間には言わなくても気づかれる。


 少しだけ腹が立った。


和多志(わたし)が適応できる理由はあなたが学ばなかった場所にある。もし本当に知りたかったら本家に戻るべきだ」


「緋影が遅れてきた理由って……」


「本家にいました。あなたの両親にも会いました」


「父さんと母さんに!? 何か言ってなかった?」


 目を見開き、食い入るように問いかける。


「それは自分の力で本家に戻って聞いてください」


 緋影は教えてはくれなかった。

 良かったのかもしれない。

 聞いたら余計に恋しくなる。


「まあ、このまま頑張ればすぐにも戻れると思いますよ」


 悲しい顔をする私を気遣ったような一言。

 超人的な子という印象だったが、優しさもあった。


「うん、頑張るよ」


 緋影が私の苦手なことを親身に教えてくれることもあり、他の子供たちと差をつけた。


 このまま順調に修行を重ねて、何も問題を起こさなければ本家に戻れる。


 涙で埋め尽くされた海の底からもうすぐ抜け出せる。

 あと少しでお父さんとお母さんに会える。

 希望が私を前に連れていってくれる。


 頑張ろう。

 もうちょっとで希望を掴める。


 ほんの少し。



 ♤



 教育係によるいつもの修行の合間に自由時間を挟む。

 いつもは雫と雑談を交わしていたが、兄によってどこかへ毎回呼び出されていた。

 そのため緋影に教えを乞い、独自に修行をしていた。


 神社から少し離れた場所にある川。

 川の流れに逆らって泳いでいたが、力尽き、緋影に抱き抱えられていた。


「あなたの泳ぎ方は乱暴だ。水と殴り合っているようなものです」


「先に水が殴ってきたんだもん」


「何言ってるんですか。体力があるのならもう一度行きますよ。逆流を泳ぐのは力より技です。瀧戸家本家に戻るには必須ですので頑張ってください」


 緋影のサポートもありながら、何度も泳いでは流されを繰り返す。


「緋影、泳いでたら魚捕まえた」


「ふざけてないでちゃんとやってください」


 さすがに怒られた。




 また次の日は別の修行。

 木登り。


「ねえ、瀧戸神社って水にまつわる神社でしょ。木登りって意味あるの?」


「水はあらゆる生き物を生かす。当然木も含まれます。単純に、自然の中でも生きていく力を身につけることもこの修行で行うのですよ」


「へえ、それより鬼ごっこしよ」


「ふざけてるんですか」


 緋影の怒りが爆発する前に急いで木登りを開始する。

 落ちては登って、落ちては登ってを繰り返す。



 何日も、緋影と一緒に修行を積んだ。

 二人だけの修行。



 ♤



 緋影との友好も深まり、時折夜中に神社の後ろにある滝を夜景とともに眺めていた。

 柵が立てられ、二十メートル程下には滝の落ちる先があった。落ちれば戻って来れないほど水面は低かった。

 私たちは滝に落ちないよう、柵から少し離れた位置にある岩の上に座っていた。


「もうすぐ修行も一年が経つね」


「今のあなたはもう本家にも認められるほどの実力を身につけた。未だに霊視や降霊などといったことはできてないけど、それ以外で補えてるから大丈夫だよ」


 この一年で私と緋影の絆は深海のように深まった。

 最初は気弱だと思っていたけど、今となっては競い合うライバルだ。


「おそらく本家から戻るよう通達が来るでしょう」


「護身術では相変わらず緋影に投げられてばっかなのは悔しいな。でも、戻れるために頑張ってきたんだ。会いに行くよ」


「帰って、真っ先にすることは分かっていますね」


「私は周りの優しさに気づけなかった。伝えられなかった感謝を伝えるよ」


「良い答えです。今のあなたなら心配する必要はありませんね」


 やがて来る再会に胸を踊らせる。


「では戻りましょうか。今宵は冷え込みますし」


「緋影、今までありがとう」


 綺麗な夜空の下で、私たちは握手を交わす。

 本家に戻ればいつ会えるか分からない。

 お互いにそれが分かっているから、キスのような握手を交わした。


「じゃあ戻ろうか」


 屋敷へと戻る。

 足を進めた瞬間、


「──殺してやる」


 殺意に満ちた声を聞いた。

 声の発生源には、暗いせいではっきりとは見えないが、雫と兄と思われる人物が一緒にいた。


 滝際にいる兄に向け、雫は怒りを込めて言い放った。


「私は奴隷じゃない。もう奴隷なんかにはなりたくない。だから、いい加減私を解放してよ」


「うるさい。全部お前のせいだろ」


 雫の怒りに対し、兄も怒りをぶつける。


 私が駆け寄ろうとすると、緋影が腕を掴んで止める。


「あなたは行くべきではない」


 緋影が私を後ろに引っ張り、雫のもとへ。

 本家に戻れるという間近で問題を起こさせないための配慮だろう。


「雫さん、藍さん、落ち着いてください」


「部外者は黙ってろ。これは俺とこいつの話だ」


「しかしこれほど大声での揉め事。すぐに大人も来ます」


「その前に話し合いを終わらせれば良い」


 何をするのかと思えば、兄は雫の腕を掴み、柵に引き寄せた。


「ここから落ちれば戻ってこれない。もう少し頭を冷やしてから行動を──」


「うるさい」


 藍の拳が緋影の顔面を直撃。緋影が後ろに崩れている隙に、藍が雫を無理矢理滝の下に突き飛ばす。


「やめろおおおおお」


 無我夢中に走り、藍に飛びつく。


「邪魔をするな」


 藍は圧倒的腕力で私を突き離した。

 突き飛ばされた先は滝。私は今滝の下に落ちようとしている。

 この瞬間はまるで時計が錆びついたかのようだった。


 ああ、死んだ。


 助からない。


 せっかく本家に戻れるのに。

 伝えたかった気持ちを伝える日が来るはずだったのに。


 ごめんね。

 私は最後まで弱いままだったよ。


 柵を超えた。

 背中越しに滝の音が伝わる。

 滝の中に私は身を浸す。


 さよなら。


 死を覚悟した刹那、背後に衝撃が走り、地面に叩きつけられた。

 目の前には雫と藍。


「まさか……っ!?」


 振り返る。

 滝の下に落ちていく緋影。


 待ってよ。

 私を一人にしないでよ。


「緋影えええええええええ」


 二十メートル下の水面に緋影は姿を消した。

 追いかけるように急いで柵を踏み越える。背後から肩を掴まれ、地面に落とされる。

 振り返れば神主が数人駆けつけていた。


「ここで何があった……?」


「緋影が……緋影が滝の中に……」


 涙ながらに訴える。

 私の言葉を聞き、神主らは慌てた様子で滝の下を覗いた。

 水面から緋影が顔を出すことはない。


「揉めているようだったが、誰が突き落とした?」


「この男だ。全部お前のせいだ」


 藍を睨みつけながら吠える。


「いや、あいつを押したのはお前だろ。お前がぶつかって下に落とした。嘘をつくなよ」


 真実は現場にいる者しか知らない。

 神主はこの場にいた雫、藍、私の三人に処罰を下した。


 それから、私が本家に戻ることはなかった。

 これまでの修行は水の泡になった。


 藍は別の神社に移動し、私と雫はこの神社で暮らし続ける。

 そのため、私は山の上にある学校に転入することになった。


 高等部一年の四月。

 私は出逢った。


「ミナカ、魔法でできることは何?」


「まだ精霊として愛六様の側にいる期間が短く、引き出せる魔力も少ない。そのため、小さな水玉を出現させ、操作することが最大限の行為です。しかしこれではあまり戦うことは……」


 ミナカはそれだけでの戦い方は思いついていないようだった。

 私は不思議と思いついた。


「できるよ。とっておきの方法が」


 私は復讐を誓った。


「水槽の中に頭を突っ込ませる」


 和泉藍。

 また彼に会った時のために。


「緋影を殺した罪を償わせてやる」


 周りは見えなくなっていた。

 それで良い。

 復讐のままに進もう。

 憎しみの感情を抱えて生きていこう。

 きっとそれが強さになる。


 許さないために。

 償わせるために。


 あなたの命を終わらせる。

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