物語No.2『二人の接続者』
火花が散る。
それは世界の始まりのような、仄かな火。
揺らぐ炎の一撃がモンスターを次々に撃破。
モンスターは床を蹴る少年の背後に転がっている。
その少年の側を浮遊してついてくる赤い光球があった。
「早く扉を見つけやがれ。先越されちまうぞ」
光球は男らしい口調だが、女性の声に聞こえる。
少年は光球の怒鳴りに耳を悩ませる。
「分かってるよヒルコ。でも愛六もまだ扉を見つけられてないみたいだよ」
校庭に増え続けるモンスターを見ながら言う。
「ここ数日、ずっとあいつに手柄を取られちまってる。このままじゃ異世界に行く権利はあいつのものになっちまう」
「それは嫌だけど……」
「だったら全力で探しやがれ。開いちまったポイント差を埋めるためにもな」
乱暴な口調に少年は小さく頷く。言い返すことはせず、従順に校舎を駆ける。
しかしすぐに体力は尽きる。
既に何十というモンスターにヒットアンドアウェイを繰り返している。体力が尽きても仕方ない。
「何してる。歩け」
「でも……」
一時間以上校舎を徘徊していたため、身体を動かす力はないと言いたげだった。うじうじ物言うが、光球には聞き取れない。
「止まるより歩け。もっと効率を考えろ。ちゃんと自分の頭を働かせろ」
止めていた足を動かした。
そこで、止まっているより歩いた方が"扉"を探しながら休息できると理解した。
「ありがとうヒルコ。確かにこの方が効率が良いね」
「へっ。どういたしまして」
光球は特に感情がこもっていないような声音で言った。
少年は光球が感情を圧し殺しているように感じ、そうなのでは、と微笑する。
「何笑ってんだ」
「べ、別に……。ヒルコって感情とかが人間みたいなのかなって思っただけだよ」
「私は精霊だ。人間なんかと一緒にするな」
これまで一方的だった光球が、ほんの刹那不意をくらった。すぐに光球が怒ったことで、少年は目線を逸らす。
歩き続けること三十分。
未だ"扉"は見つからない。
「──ッッ!」
突如、光球は止まった。
少年は何事かと振り返り、すぐに察する。
「マジか……」
視線の先は美術室。壁には大きな穴が空いており、モンスターが湧き出ている。
「"扉"はあの部屋の中だ。愛六が来る前に急げ」
「火を──」
言い切るよりも早く、光球は少年の手に火を纏わせる。少年は火傷することなく、火を纏った拳をモンスター目掛けて振り下ろす。
燃える拳にそれほどの威力はない。が、熱に耐性のないモンスターは火傷に苦しむ。致命傷には至らない。じきにモンスターは起き上がる。
少年は倒れるモンスターに構わず、疾走。美術室内部に突撃。
自ずと歩みは止まった。
美術室には孤立した扉があった。そこにあるのが明らかにおかしい、どの部屋にも繋がっていない扉。少年の目的はそれだった。
しかし扉の前には鎧を身につけた人牛が立っていた。ただでさえ刃を防ぎそうな分厚い剛毛に覆われ、その上から鎧を身につけている。
「僕の拳じゃあいつには届かないよ」
少年はしり込みする。
悩んでいる間にも、倒れたモンスターが起き上がってくる。
「覚悟を決めろ。お前には私がついている。この超優秀な精霊がッ!」
光球は鼓舞する。
「火力を上げる。鎧も剛毛も焼き払え」
少年の拳に宿る火は更に体積を増加させる。わずかに熱を感じるが、火傷するほどではない。が、それは光球が少年に対火属性魔法を付与しているから。今の少年の拳は、鎧をも焼き尽くすのかもしれない。
「ヒルコ、ありがとう。今度こそ愛六よりも早く扉を閉じるよ」
燃える拳に思いを。
ありったけの力を込めて。
走る。走る。走る。
拳を振り上げ、鎧人牛目掛けて飛び込んだ。
「『火拳槌』ッ!」
火拳が鎧人牛に炸裂する。
──寸前、球体をとどめた水が鎧人牛の顔に覆い被さった。
少年は戸惑い、躓き、空振りする。拳に纏われていた火は自然と消える。
「水……、まさか……ッ!」
少年は水の正体を知っている。
これまで何度もその技を目の前で見ている。
「『水槽の君』」
美術室の破壊された窓際、そこには海のように青い長髪を揺らす女子生徒が立っていた。
「穂琉三、今日も主役は私だよ」
青い光球とともに現れた少女は、鎧人牛を水球で溺死させた。
鎧人牛を溺死させた直径一メートルの水球は、愛六の周囲を回転する。
「扉を寄越しな。でなきゃどうなるか分かるよね」
空中に浮く水球に人差し指を向け、脅した。
少年は縮こまり、右足を後ろに下げる。
「良い判断だね。でも、もっと下がりな」
蛇のように鋭い視線を向ける。
狩人に狙われた羊のように肩をすくませた少年は更に数歩後退した。
「ミナカ、扉を閉じるよ」
少女は扉の前に行く。
青い光球が少女の手元に移動する。
「おいミナカ、その扉はこっちが先に見つけたんだぞ。横取りするなよ」
「ですがそこに倒れてるモンスターは我々の功績ですよ。あなたの主人の拳じゃあの鎧は砕けなかった」
青い光球は礼儀正しい口調を使い、男のような声だった。赤い光球にも怯まず言い返す。
「だったらやるか。私はまだ魔力は有り余ってんぞ」
「良いけれど、我は水であなたは火。あなたが圧倒的な火であれば水にも勝てるかもしれませんが、我と大差はないはずですよ」
「ちっ……」
赤い光球は青い光球に抗議する。だが青い光球に諭され、渋々赤い光球は引き下がる。舌打ちをするが、青い光球は意に介さない。
「ミナカ」
「はい。分かっています」
少女の手元で、青い光球は鍵状に変化する。
向こう側が真っ暗な扉を閉め、鍵穴に鍵を通す。
「──接続オフ。」
鍵を回すとともに、扉全体が黒い霧となり、鍵穴を中心に渦を巻く。やがて渦は収縮し、消失した。
鍵は青い光球へ戻り、少女の側に浮遊する。
扉が消えたと同時、学園中にいたモンスターが光の柱によって貫かれ、消えていく。
「これでまた1ポイント差が開いたね」
少女は微笑み、少年の横で止まる。
「あんたは現実世界でぼっちやってなよ。異世界は私が行ってやるからさ」
少年の肩を叩き、通りすぎる。
少年は言い返すことなく、棒立ちだった。赤い光球は青い光球に睨みを利かせる。
「穂琉三。反抗しないのか」
「うん……。僕はいいや」
少年は少女の方を一瞬振り向き、少女が進んだ方とは真逆の方向に歩き出した。
「おい待て。それでいいはずないだろ」
「違うよ。弁当取りに行かなきゃいけないんだ」
「お前……」
赤い光球は空中で停止し、去っていく穂琉三の背中を見届ける。
「そのために弁当置いてきただろ」
囁くように、赤い光球は言った。
穂琉三は聞こえないふりをし、足を進めた。
二人の距離が離れていく中、学園は時間を巻き戻されているかのように修復していた。