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一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章2『瀧戸愛六の葛藤』編
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物語No.26『過去に溺れて』

 小学生の頃の記憶。


 各地の瀧戸神社では瀧戸家の本家や分家、また友好な家系から小学生を集め、神職としての教育が行われる。

 その一つである異境山中腹の瀧戸神社。

 そこに私もいた。


 本来、瀧戸家本家の人間は本家の瀧戸神社で修行をする。

 だが私は落ちこぼれだった。

 判別は六歳で決まる。


 幼い私は修行に興味を持たなかった。教育係の話も一切聞かず、いたずらばかりしていた。外を探険するのが楽しくて、いつも勝手に屋敷を抜け出しては怒られていた。

 当然何も学んでいない。


 一年は多めに見られた。

 後から聞いた話では、父と母は土下座をしてまで頼み込んだらしい。

 機会が与えられたことに気づかず、迷惑をかけた挙げ句、見捨てられた。

 当然の結末だ。周囲の優しさに気づけなかった罰だ。


 必死に父と母に縋った。

 私を置いていこうとする両親に涙の訴えをした。


 一人にしないで。

 私も連れてって。

 今までみたいに私を愛して。


 現実は私を切り裂いた。


愛六(めろ)、お前は瀧戸家本家には相応しくない」


「これは決まりなの。だから……」


「「さよなら」」


 私は見離された。

 本家から切り離された。

 せめて父と母のもとにいたかった。

 それも叶わない。


 お願いだよ。私を側にいさせてよ。

 これからは言うことを聞くから。

 これからは迷惑をかけないから。

 これからは優しさに気づけるようにするから。


 だから──



 ♤



「あなたも捨てられたの?」


 異境山中腹の瀧戸神社で、私は少女に出会った。

 彼女は和泉雫。

 捨て子だったが、瀧戸家分家の和泉家に引き取られ、この場所に来ている。


「全部私のせいだ。私がもっとちゃんとしていれば……」


 思い出すと涙が出る。

 膝の裏に目蓋を隠す。


「本当の親が側にいないって辛いよね。私は自分の親がどんな顔なのか全く覚えていないんだ。というか存在してたのかさえ怪しいけど」


 雫は悲しい顔はせず、微笑んだ表情で言った。

 私より悲しいはずなのに、どうして笑っているんだろう。


「なんで……笑えるの? 親の顔も知らないんだよ。それじゃ一生親に会えないかもしれないんだよ」


「拾われた先での日々が楽しかったから。だから私はそれでも良いと思えたんだ」


 雫の目には涙などなかった。

 未練たらたらの私と違い、雫は今を見ている。


「愛六は両親の顔も居場所も知ってる。それに追い出されたのは自分の弱さが原因なんでしょ」


「うん」


「涙の後で、汗を流すほど努力を積み重ねて強くなればいい。そしたらほら、戻る、になるでしょ」


 訳が分からなかったけど、雫が伝えたいことはちゃんと伝わった。


 いつまでも挫けている場合じゃない。

 強くなって家に戻ればいい。


「雫、私は強くなるよ。昨日までの自分に誇れるくらい」


「応援する。困った時は私を頼ってね」


 この場所でも頑張っていこう。

 雫のおかげでそう思えた。




 それから和泉家が管理する瀧戸神社での修行が始まった。

 修行の内容はそれほど苦を要するものではなかった。

 座禅や瞑想、滝行や礼儀作法、護身術や霊視、他にも神職の仕事とその意義を学んだり、自然についても教わった。


「水は大切にしなさい。決して汚してはいけません。あなたたちは水に生かされているのですから」


 特に水に関することを教えられた。

 水とは何か。


 次第に修行に参加する子供の数は増え、二十人以上になっていた。

 まだ二人増えると雫は言った。


 ある日の夜、私は雫と一緒に神社を抜け出し、山を登った。


「本当なの? 山の上に学校があるって?」


「そうだよ。私と義理のお兄ちゃんが通ってた学校」


「今は通ってないの?」


「私に学校がついていけなかった的な感じ。だからやめた」


 雫は相変わらず笑っていた。


 山を登り続けてしばらく、山頂に確かに学校があった。

 時刻はもう二十四時くらいだろうか。

 学校には誰もおらず、静けさが漂っていた。


「中に入る?」


「ええー、大丈夫なの?」


 私は躊躇ったが、雫は立ち止まることなく学校内に入っていく。

 一人外で待っているわけにもいかず、渋々雫の後をついていく。


「雫は度胸があるね」


「でしょー」


 胸を張って笑う雫を信頼し、大丈夫だと信じて前に進む。


 見上げると、校舎の屋上に人影が見えた。

 一人、側には発光する何かがあった。


「ねえ雫、あれって……」


「私たちの他にも夜中の学校に侵入する人がいるとはね」


「警備員なんじゃない?」


「いやいや、こんな時間でもさすがに警備員は帰ってるよ」


 屋上の人影は私たちと同じ様には思えなかった。

 どこか違う。

 夜の学校に興味を持って徘徊しているのではない。特別な目的を持って学校にいるような気がする。


「あの人に会いに行こうよ」


「やめとこうよ。もし怖い人だったら……」


 下駄箱の前で話し合っていると、校舎の中から女性が歩いてくる。

 太陽に熱せられたような髪を後ろで束ねた女性。

 制服を着ている。


「夜の学校は危ないよ。早く帰りなさい」


 優しい目をしている。

 まずそう思った。


「えー、でもお姉さんもいるじゃないですか」


「私には役目があるからね」


「役目?」


「そう。言うなれば侵略者から世界を守るヒーローだよ」


 膝を折り、私たちの目線に合わせて彼女は話す。

 口調も穏やかで、嫌いな感情は抱かない。


「これから私たちは戦わなきゃいけない。危険だろ。だから君たちは早くお家に帰るんだよ」


「戦ってるところ見たい」


「ダーメ。本当に危険だからね。私たちで守りきれるかは分からない。でも安心して。世界は必ず私たちが守るから」


 彼女は私と雫の頭を撫でる。

 雫もとうとう諦め、校舎から離れていく。

 去り際、私はチラリと振り返った。下駄箱の裏から人影が現れ、女性と話をしている。


「神妹に頼めば良かったんじゃねえの」


「話せば分かる子たちだったから大丈夫だよ。それに、もしかしたら未来で私たちの役目を受け継ぐ子かもしれないよ」


 それ以上の話は聞こえなかった。

 一瞬だけ二人の側に光球が見えた気がしたが、あれはいったい何だったんだろう。

 私たちは暗がりの中、山を下り、こっそりと屋敷に戻り、布団の中に潜る。


 そういえば木や水などの自然には精霊が宿ると教育係の神主が言っていた。

 精霊は自然を愛する者を好み、時にその者の手助けをする。

 もしあれが精霊だったなら、彼女らは本当に何かと戦っているのかもしれない。


 不思議な高揚感を感じながら、私は目を閉じた。

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