物語No.25『過去との再会』
「瀧戸愛六。あなたの過去に水に関するトラウマがある。だから今のあなたには成長限界がある」
水の中で稲荷の声がする。
頭の中に直接話しかけられているような。
息ができない。
まずい……、死ぬ。
死ぬほどの思いって……死ぬじゃん。
何これ。
苦しい。
ああ、ヤバい。
死んだ……。
「『水中呼吸付与』」
死を覚悟した刹那、呼吸のできない息苦しさに終わりが来る。
水の中で呼吸ができる。
「これは魚のように水中でも呼吸ができるために作られた魔法です。瀧戸愛六さん、死ぬところでしたね」
脳内に聞き覚えのある声が響く。
神妹は無表情のような微笑んでいるような顔で私を見た。
稲荷は神妹の登場に驚いている。
神妹は私と稲荷を掴んだ。
次の瞬間、神社の前に転移した。
神妹は稲荷へ視線を移す。
「私が異世界へ行く許可を出しましたか?」
「い、いや……、それは……」
神妹の凝視に稲荷は目を背ける。
「あと一秒でも遅ければ瀧戸愛六さんは死んでいました。目的は殺害ですか」
「愛六をもっと強くしたかったのだ」
「あなたのやり方は強引すぎます。最悪の場合、水へのトラウマがより強まっていたかもしれません」
「確かに……なのだ」
「次勝手なことをしたら罰を下しますからね」
目は笑ってはいなかった。
本気の怒りを初めて垣間見た気がする。
稲荷は尻尾や耳までぶるぶると震わし、全身で恐怖を体現している。
神妹は振り返り、私と対面する。
「さて、あなたは稲荷に頼らずに強くなってくださいね」
「稲荷って助っ人でしょ。頼って何が悪いの」
「あくまでも戦闘の際にサポートするだけであり、成長の過程に彼女はいない。それだけは理解しておいてください」
稲荷に向けたような怖い瞳。
瞳の奥に深淵があるように思える。
逆らえば闇に飲まれてしまう。
「はいはい、分かったよ」
肯定するしかなかった。
「ではまた夜に会いましょう」
神妹は歩いて校舎に向かった。
神妹が去っていったのを黙視で確認する。
震え上がる稲荷の側に座り込む。
「稲荷はどうやって私を強くさせようとしたの?」
「水へのトラウマを克服させようと思ったのだ」
「あれで?」
神妹の言う通り、あれはトラウマを呼び起こしかけた。
今回ばかりは神妹に助けられた。
「ってかトラウマって成長限界作っちゃうんだね」
「心は魔法に大きく作用するのだ」
「じゃあトラウマを克服しない限り、私は強くはなれないんだね」
「そうなのだ。まあ色々な方法で頑張ってみるのだ」
結局今回の一件にあまり意味はなかったな。
私は少し考えた。
トラウマの克服方法を。
すぐにやめた。
これ以上あの日のことを思い出したくはない。
私は私を嫌いになる。
♤
ロープウェイで山を下り、中腹で下車する。
山の中腹には神社がある。
滝を背景にした神社であり、私が暮らしている場所でもある。
瀧戸神社。
滝を奉る神社であり、他にも様々な場所にこの名前の神社が存在している。
「愛六様、お帰りなさい」
「ただいま」
境内を掃除していた神主に挨拶を流し、階段を下って少し離れた所にある屋敷に入る。
数人の見習い生に挨拶を受けながら、自分の部屋に入る。
「はぁー。疲れたぁー」
鞄を投げ捨てベッドにダイブ。
顔を枕に擦りつけ、「んんー」と奇声を発してつま先をピンと伸ばす。
「愛六様」
部屋の扉がノックされる。
「和泉です」
和泉雫。
瀧戸神社に勤める巫女。
私と同い年で、よく話をする仲だ。
「入ってきなよ」
「はい」
巫女衣装の雫が部屋に入る。
「どうしたの?」
「小学生の頃を覚えていますか」
「うん。それがどうかしたの?」
「いえ、なら良かったです。では修行の時に起きた事件も覚えているということですか」
「…………」
私は沈黙する。
その日起きた出来事に全員が戦慄した。
「忘れるはずがない。あの日から、ずっとあいつを殺したいと思っていた」
「その人が帰ってきて──」
トラウマの片鱗。
「おいお前、」
扉が蹴破られる。
その後、特攻服を着た男が姿を現した。
「殺したいってのは俺のことか」
「どうしてお前が……」
「てめえら全員良いよな。就職先があってよ」
憎たらしい金髪をかき上げながら、メリケンサックをはめた右手で私を指差す。
「また遊ぼうぜ。あーいろーく」
トラウマが蘇る。




