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一人一人に物語を  作者: 総督琉
EX章1『隻眼の魔術師物語』
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EX物語『いただきますから遠い世界』

 魔術師は三日以上飲まず食わず休まずで歩き続けた。

 自身にそのような魔術を付与しているからである。


 彼は知っている。

 飢餓の苦しみを。

 だから彼は少しでも食べ物を分け与えられるように。

 そう願って食べ物が不要な肉体となった。


 彼が行く先には都市があった。

 川の中流に栄え、藁や稲で作られた建物が並んでいる。

 彼は都市へ向かった。




 川沿いにある小都市。

 豊富な水資源があり、稲作で栄えていた。

 しかし川が大いに氾濫したことで畑に耕していた食料は全て枯れ、食料庫も水の底に沈んでしまった。


 数日前、米を食べた人の多くが吐き出した。

 米の味が汚泥のようなものだったからだ。

 米の貯蓄は豊富にあったため、作りたての米を全て土壌に廃棄した。

 人々は考えた。

 これは米を捨ててしまった罰なのだと。


 都市で最も偉い人物は言った。


「米を捨てた者を呼べ。神の祭壇に生け贄として差し出すのだ」


 米を捨てた者は多くいた。その中から十人の人物が選ばれ、手足を縛られ、祭壇に供えられた。

 本来、そこにまだ十歳の少女も選ばれるはずだった。少女の兄である青年が庇い、青年が代わりに祭壇に供えられていた。


「妹を庇ったのか。兄として立派だな」


 青年の父も一緒にいた。

 全員が身動きをとれず、閉鎖された遺跡に寝転がっている。

 時間が来れば餓死する。

 全員がそのことを分かっているが、誰も脅えたりはしない。


「これであいつらが食える飯が実れば良いが……」


 外にいようと、捧げられようと、食料がない今の状況では餓死するだけ。

 せめて自分達の犠牲によって自分達の家族が食べ物にありつけることを願った。


 せめて家族だけでも。


 遺跡の隙間から見える夜空を見上げながら、青年は思った。


 妹がお腹を空かせない世界になりますように。

 稲で作った冠を妹にあげたことを思い浮かべながら、青年は眠る。


 それから十日が経ち、遺跡に捧げられた人は次々と死んでいった。残ったのは青年ただ一人。

 しかし青年も既に死の淵に立っていた。

 夢の中で、三途の川が目の前に広がる。


「渡ればあの世へ行ける。天国か地獄かは、行い次第さ」


 川の側で石を積み上げる婆さんが言った。


「僕の妹は通りましたか?」


「さあね。あんたに妹なんているのかい」


 そっけない返事が返ってくる。


「僕は……妹に会いたい。僕を()()と呼んでくれた最愛の妹に」


 青年の話を聞き、婆さんは目をひんむいた。


「そういうことかい」


 婆さんは愛おしく微笑む。

 途切れる夢の中で、婆さんは最後に何かを口にした。

 曖昧に記憶した夢を、目覚めた後で思い出すことはなかった。


 心に残っていたのは、涙は落ちた波紋だけ。


「どうしてだろう。こんなにも悲しいのは……」


 胸に落ちた思いに浸っていたため、すぐ側にいた気配に気づかなかった。

 目の前に立つ謎の人物。

 赤い着物の上に白い着物を羽織り、長髪の人物。容姿端麗な顔立ちは、女性とも男性とも見受けられる。


「あなたは……」


「私は旅の者です。魔術師とでも名乗っておきましょう」


 魔術師の左目は眼帯に覆われている。

 周囲を見ると、死んでいった者たちの顔に白い布が被せられている。

 魔術師なりの供養なのだろう。


「このような場所で何をしているのですか。既に餓死した者がおり、あなたも既に餓死寸前」


 魔術師は水の入った瓶と焼いた動物の肉を差し出す。

 青年は瓶の入った水を一瞬で飲み干し、荒々しく肉を食らった。


「相当腹が減っていたのですね。なぜこのような状況になっているのですか」


「都市は見ましたか」


「いえ、まだ見ていません」


「この都市では川の氾濫によって食料が尽きたのです。これを神の怒りと捉えた者たちが、神に対して我々という供物を捧げたのです」


「そうだったのですね」


 魔術師は分厚い書物を手に取る。


「どうか都市の様子を見に行ってはもらえませんか」


「あなたは行かないのですか」


「僕は供物として捧げられている身ですので、都市に戻るわけにはいかないんです」


「そうですか……」


 魔術師は遺跡を観察する。

 祭壇には大量の稲が飾られている。遺跡の所々に稲の紋様や飾りが見られる。


「あなた方が信仰しているのは稲荷神ですか」


「はい」


「では都市の人々は飢えているかもしれませんね」


 魔術師は青年を見る。


「あなたに魔術を託します。というわけなので、あなたにも来てもらいます」


「魔術……?」


「魔術とは、人々を救う()()です。あなたに人を救う力を託すのです」


 青年は思った。

 妹も救えるかもしれないと。


「それでは魔術を与えます」


 魔術師は手に持っていた書物を開き、パラパラとページをめくる。あるページでピタリと止まり、そのページを切り離した。

 切り離された紙を青年に向けて放ると、青年に触れる前に紙は燃えて消失した。


「魔術の継承が完了しました」


 魔術師は青年に与えた魔術を詳細に解説する。魔術師の説明を聞いていると、不思議と魔術を使ったような気になった。


「都市へ行きますか」


「はい」


 魔術師は青年を連れて都市へ赴く。

 都市への道を先導したのは青年だ。

 都市には腹を空かせた人々が多くいた。

 青年は自然と妹を探す。


「お前、なぜここにいる?」


 数日前青年をいじめた少年が駆け寄る。隣に立つ魔術師に気付き、様相を不気味に思う。


「この青年に稲を実らせる魔術を与えました。これで飢えることはありませんよ」


 青年は水浸しの畑に触れる。

 枯れた稲が立ち上がり、丈夫な稲が実った。


 既に餓死しかけていた都市の人々は立ち上がり、黄金が広がる畑を見て驚愕する。


「奇跡だ。奇跡が起きたぞ」


 全員が慌てて収穫を始める。

 空腹に苦しんでいた人々も、目の前に食料があるのを見て必死に働き始めた。

 都市には再び笑顔が戻った。


 青年は都市の様子を気にも止めず、一人の人物だけを探していた。


 もう十日も会っていない。

 既に会いたい気持ちは爆発していた。

 道行く人々に尋ねると、ある場所にいることを教えてくれた。

 青年はまた遺跡に戻ってきていた。


 中に入り、膝から崩れ落ちる。


「…………ぁ」


 青年は思い出した。

 死の淵に立った夢の中で婆さんに言われた言葉。


「──妹だと慕っていた彼女はもう死んでいるよ」


 白い布を被せられた多くの亡骸の中に、青年の妹もいた。

 妹の頭には稲で作られた冠が被せられていた。


 言葉にならない悲痛が全身を締めつける。

 やまない涙が溢れ出し、顔を覆う。


「あああああああ……、……ぁああ…………」


 全身が引き裂かれた。

 血管全てが千切れたような痛み。


 青年は悲しみのどん底にいた。


「もっと早く魔術を手にしていれば……」


 妹の死は、耐えられるものではなかった。

 都市の人々の喧騒の中で、青年は泣いた。



 数十日後、青年は餓死した。

 遺跡の中で妹を胸に抱きながら。



 青年の最後を魔術師は黙って見ていた。


「あなたの願いは叶わなかった」


 魔術師は何を思っていたのだろう。

 確かに言えることは、魔術師の表情に笑みはなかった。



 それからしばらくして、畑も元通りになり、これまで通り小都市に稲は実る。

 その稲を持って、遺跡に祀られた稲荷神とある青年に毎日供える。


「今年も豊作ありがとうございます。稲荷神様、稲子様」


 祭壇に飾られている稲の冠。

 今日も小都市に黄金輝く。

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