物語No.1『異世界と繋がる時間』
異境山。標高は千メートル。
その山頂には学園があった。幼稚園、小学校、中学校、高校、大学までの一貫校。生徒数は一万人を超えており、一つの街とも思える敷地を有していた。
学園は大きく二つに分けられる。ショッピングモールや水族館、動物園などの娯楽施設が建ち並ぶ"リゾートエリア"と、学校や寮など学生用施設がある"スクールエリア"。
膨大な敷地や設備を管理し、運営が行き届かなかったことは一度もない。運営は赤字になっていないのか、学園内のメンテナンスも頻繁に行われている。そんな不気味さから、この学園について噂が流れている。
──異世界と繋がっているのではないか。
根拠もないただの噂だ。しかし学園には公表できない秘密があるのは事実だ。学園は何を隠しているのだろうか。
五月一日。
始業式から一ヶ月が経ち、生徒同士の交流も深まり始めた。生徒同士のグループもでき始め、交流関係は固まりつつあった。
休み時間になれば生徒同士集まり、話を始める。男子同士、女子同士、楽しく会話を交わす。
だがくせ毛だらけの黒髪の少年は椅子に座ったまま、窓からグラウンドで準備運動をしている生徒らを見下ろしている。
「早く夜にならないかな」
少年はボソッと呟いた。
黒板辺りで先生と話をしている女子集団の一人、海のように青い髪の少女が少年を横目で見る。少年は自分が見られていることには気付いていない。
三時間目、四時間目、と時間は進んでいき、帰りのホームルームを終え、生徒は何人かで固まって帰り始める。
相変わらず窓を見ている少年は、下駄箱を出て帰り始める生徒を観察していた。人が少なくなり始めた頃、少年は帰りの支度をし、教室を出る。
山を下って自宅に帰る生徒もいれば、寮に暮らす生徒もいる。少年は後者であるため、校舎から離れた寮に向かった。
「あっ……」
机に弁当箱を忘れていたことを思い出し、一瞬校舎に踵を返すが、寮に戻る足を進める。
その姿を屋上から見ていた女子生徒がいた。彼女は耳に髪をかけ、言った。
「あーあ、いなくなっちゃえばいいのに」
♤
二十三時五十九分。
空は暗闇に包まれ、校舎に暗幕が下ろされた。この時刻の校舎への立ち入りは厳しく禁止されているため、人の気配はない。
はずだが、カメラを持った少女が校内にひっそりと隠れていた。放課後からずっと掃除用具入れに身を潜め、見張りを突破した。
「深夜の校舎は何があるかな。怪談的なのが撮れたら最高のスクープだよ」
少女は新聞委員会だった。
中等部一年、撮鳥映。
新聞委員会が発行する新聞は十日ごとに担当が代わり、次の担当が撮鳥だった。特ダネを探しに深夜の校舎に潜入していた。
というのも、学園にはこのような噂があった。
二十四時を過ぎれば零時になったも同じ。だが二十四時には続きがあり、三十時まで時間が存在している。それは学園にのみ見られる現象で、その時間に学園は異世界と繋がっている。
誰が流したのか不明の噂。撮鳥はウソかホントか確かめるため、学園に迫っていた。
「にしてもちょっと不気味すぎない。まるで腹を空かせた魔物に狙われている気分だよ」
学校には明かりが点いておらず、不安と隣り合わせの雰囲気が流れている。
「でも異世界と通じてるってどういうことだろう。最近噂の扉でも現れるのかな」
撮鳥は腕時計に目を落とす。今頃零時を過ぎ、零時三分くらいになってるだろうと思っていた。しかし時計は予想と反し、秒針が停止していた。
「……いや、いやいやいや。腕時計がタイミング悪く壊れただけでしょ。私は騙されない」
心を落ち着かせ、腕時計から目を逸らす。
教室に付けられた時計に目を向ける。しかし撮鳥の不安を煽るように、時計は時間に取り残されたように固まっていた。
「まさか……ホントに三十時まで存在してるっていうの……っ!?」
腰を抜かし、廊下に尻をつけて座り込む。
が、撮鳥の目にはもう一つ不気味なものが映った。こればかりは信じきれず、何度も二度見を繰り返した。
何度も見返してもそれは目に映った。
グラウンドを翼の生えた狼が飛んでいた。撮鳥が見た異形の生き物はそれだけでなく、他にも何体もグラウンドや校舎に集まっていた。
「異世界の化け物だ。私、ここで死ぬんだ」
校舎のいたるところに出没する異形の生物。それらを見て、撮鳥は恐怖で一歩も動けなくなった。
運悪く、撮鳥の前に異形の怪物が現れる。二足歩行ではあるが、まるでトカゲのような全身を持っている。赤い瞳で撮鳥を凝視する。
「狙われてる。逃げなきゃ、逃げなきゃ喰われる」
足も、腕も、動かない。
恐怖にハグをされたように、身体は硬直している。
トカゲの化け物が一歩一歩迫る。人一人がすっぽり埋まってしまうほど大口が開かれる。
「ああ、私、ここで死ぬんだ」
死を覚悟したその時、
「『火拳槌』」
火を纏った拳がトカゲ怪物の顔を強打し、気絶させた。
拳の主はくせ毛だらけの黒髪の少年だった。
「神妹、彼女を保護してくれ」
「任せてください。ま、隠れているのは分かっていましたが」
神々しい金の長髪の少女が少年の背後から現れ、撮鳥のもとに寄る。
「気付いていたなら時間が来る前に追い出してくれよ」
「不干渉ですよ。私は極力干渉しません」
少年は困り顔をし、顔を歪める。
「それより早く“扉”を閉じてください。彼女に先を越されてしまいますよ」
「そうだった」
少年は思い出したように走り去っていった。
撮鳥は訳が分からず、首をかしげる。
「ところであなた、見てはいけないものを見てしまいましたね」
神妹は微笑み、撮鳥の額に指先を押し当てる。
「さよなら記憶」
アルバムから写真を取り出すように、撮鳥の記憶は消去された。