物語No.18『何か足りない』
五月七日。
三浦さんは転校した。
教室には席が一つぽっかりと空いた。
その席をずっと見つめたまま、授業にも集中しなかった。
今日一日、ずっと学校が退屈だ。
いつも通りのはずなのに、昔のように戻っただけなのに。
こんな毎日には慣れていたはずだった。
友達のいない日々。
毎日が孤独でも、黙って過ごせてた。
耐えれば良いと、いつか幸せな日常が送れると……
そうか。
だから僕は今がこんなにも辛いんだ。
耐えれば良い。
それは将来は良くなると希望を抱いていたから成り立った。
将来が未知であるからこそ、成り立ったこと。
だがしかし、僕に訪れた幸せは一瞬にして崩れ去った。幸せは長続きするものじゃなかった。
僕はそれを知ってしまった。
永遠の幸せがないことを。
既に原動力はない。
耐えれば良い。
耐えて何になる。
将来はもっと悪くなる。
だから僕は、もう希望も捨ててしまった。
僕はどう生きていけばいい。
夏の空に、心は置き去りにされた。
夏なんて嫌いだ。
♤
屋上から、愛六はミナカとともに穂琉三の様子を観察していた。
明らかに雰囲気が暗くなっている穂琉三。
丁度三浦が転校したタイミングでの出来事ということもあり、原因が三浦であることは理解していた。
以前から三浦と穂琉三の関係に疑いを持っていた愛六。
愛六は穂琉三を三浦とくっつければ、彼のメンタルは安定すると見込んでいた。安定すれば夜の学園での戦闘をドタキャンされることもなく、安心して戦いに参加できる。
愛六の考えは当たっていた。だからこそ彼女がいなくなったことは穂琉三の精神を大きく崩す要因になってしまった。
「ミナカ、この様子だとまた来なくなりそうだね」
「既に昨晩から様子はおかしかったですからね。事前に伝えられていたのでしょう」
昨晩の戦い。
穂琉三はその日に三浦から転校することを伝えられている。
その上での戦いであり、当然穂琉三の意欲はゼロに等しいものだった。
向かってくるモンスターに乱雑に拳を振り下ろし、背後から迫り来るモンスターに気付かないほど集中力は散漫だった。
「まだ愛六様の傷も完全には癒えていません。安静にしておくべきこの時に、あんな態度で戦われては命が危険です」
ミナカは必死に訴える。
「穂琉三の精神は不安定すぎる。それを何とかしようと思っていたが、これほど難しいとはな」
「今回ばかりは彼を叱責するべきです」
「やめておけ。それは穂琉三を傷つけるだけだ。それに今回ばかりは仕方がない。彼の最も原動力となっていた人物の喪失は辛いものだ」
「なぜ愛六様はそれほどあの男の肩を持つのですか。救いようがないではありませんか」
ミナカは憤慨していた。
自分の主人が危険に晒されている。
そんな状況で気が気ではない。
「私は任されたんだよ。この学園で最も尊敬すべき人物、日向先生に託された」
愛六は日向先生と話をしたことがある。
穂琉三の話を聞くためだったが、その際に彼女に穂琉三のことを任された。
──穂琉三の奴を気にかけてくれ。
愛六は彼女の言葉を重く受け止め、穂琉三を見放すことだけはしない。
「それに、私は学級委員だよ。クラスメート全員の心配はするでしょ」
愛六の眼に見つめられ、ミナカは反論できなかった。
「どうすれば穂琉三が元気になるか、考えなきゃね」
「…………」
真剣に穂琉三について考える愛六を見て、ミナカは考えを変えた。
「何か良い案があれば良いけど……」
「愛六様、女友達に口説いてもらうのはどうですか」
「うーん。却下かな」
愛六は考える素振りを見せるだけで、ミナカの意見を棄却した。
しばらくミナカは落ち込んだ。
その事を気にせず、愛六は考え続けていた。
「やはり交友関係が穂琉三の元気を取り戻す最も良い方法だと思うが、それが難しすぎるな。ただでさえ穂琉三は友達が……」
と言いかけたところでやめた。
「私が積極的にコミュニケーションをとるか。いや、ただでさえ異世界を争うライバルだし、それは避けるべきか」
思考に思考を繰り返し、必死に策を模索する。
だが穂琉三を元気づける案は思いつかず、途方にくれていた。
「何か困り事か?」
そこへ現れた人物を見て、愛六は絶句する。
「…………っ!? 日向先生!?」
「今日穂琉三の顔を見たら瀕死状態だったんだが、何かあったみたいだな」
「は、はい」
突然の来訪者に愛六は動揺していた。
いついかなる状況でも冷静な愛六の動揺している姿に、ミナカは戦慄していた。
「聞かせてくれないか。穂琉三に何があったのか」
「日向先生が直々に穂琉三と話をするのですか」
「私はあいつの母親だ。母親として、すべきことを果たすだけだ」
日向先生の凛々しさに、愛六は胸を打たれていた。