物語No.17『希望が溶けていく』
三浦友達。
彼女は僕にとっての希望だった。
他人との距離に悩み、一向に誰とも話せず、暗い人生を送っていた。
この先一生前を向いて歩くことはできないと思い始めていた。
ずっと下ばかり見て歩くのだと、そう決めつけ始めていた。
だが彼女は現れた。
僕にも優しく接してくれた。
落とした本を拾ってくれた。
それが僕には嬉しかった。
あの時彼女が僕に対して振る舞った優しさは、大人になっても忘れることはないだろう。
それ以降も、彼女は僕を気にかけてくれた。
難しい問題を指名された時、彼女は優しく教えてくれた。
あの行為がなければ僕は今も問題を解き続けていただろう。
心を閉ざしていたはずの僕が、心を開きたいと思った相手。
僕に接してくれた彼女に恩返しがしたい。
彼女がしてくれたように。
僕も彼女に返せるだろうか。
彼女は僕とって必要だ。
彼女がいれば明日も頑張れる。
放課後、僕は三浦さん、撮鳥さんと一緒に遊園地で遊んだ。
辛いことを忘れるくらい夢中になって遊んだ。これまでの思い出の中でも一番に食い込むほど一日を満喫した。
僕はこの日を忘れない。
それほどに熱い一日だった。
冷静になって三浦さんを見ると、それで良いのかという気がした。
おそらく彼女は僕らに心配させまいと元気な姿を見せた。なぜ彼女は僕らに気を遣うような振る舞いをしたのか。
母親が意識不明で倒れている。三浦さんを育てた母親なのだろう。本当だったらずっと隣で寄り添いたいに決まってる。
僕は三浦さんの気持ちが分からなかった。
三浦さんがトイレに立ち寄っている間、僕は撮鳥さんと話した。
「ねえ、三浦さんは僕らに気を遣ってるよね」
「私たちを心配させたくないのは分かるけど、もう少し私たちを頼ってくれてもいいのにね」
撮鳥さんも三浦さんを心配していた。
僕の不安の何倍も、撮鳥さんは心配しているのだろう。
後輩と先輩という関係でありながら、どちらが上か下かという枠組みのない二人だからこそ、相手の様子を気にかける。
話している内に熱は上がっていった。
撮鳥さんは三浦さんのことをよく気にかけており、彼女について色々なことを聞かせてくれた。
「そうなんだよ。三浦って実は両利きなんだよ。千羽鶴折ろうってなった日も両手でやってたんだよ」
「じゃあ効率も二倍だね」
「速さは両手で折ってた私と変わらなかったんだけどね……」
三浦さんは想像以上に天然らしい。
「他にもさ、三浦は運動神経が良いんだよ。遠出する時はいつだって私が足を引っ張っちゃう。それでも三浦は私を待ってくれるんだ」
撮鳥さんは三浦さんとの思い出を楽しそうに語る。
彼女にとって、三浦さんが親友であることは紛れもなく分かる。
だからこそ、三浦さんの行動は撮鳥さんにとって残酷だったのだ。
困った時こそ、自分を信じて頼ってほしい。
「牧場に行った時は三浦さんがヤギの人気を独り占めしたり、洞窟ではコウモリの人気を独り占めしたり、そういう些細な楽しさの中で私は三浦に認められてると思ったんだよ」
自分は彼女のそばにいた。
彼女のそばにいた自分は頼りないものだっただろうか。
そう自問自答しているようにも聞こえた。
彼女の話を聞いて、三浦さんが現れる。
まるでこれまでの話を聞いていたような表情で僕と撮鳥さんを見る。
「本当はね、すぐにこのことを言おうと思ってた。二人のことは好きだから、すぐに伝えて後は楽しく遊ぼうと思ってた」
三浦さんは後ろで手を組み、躊躇っている言葉を必死に伝えようとしている。
ふざけてはいけない空気だと伝わってくる。
僕と撮鳥さんは真剣に彼女の表情に向き合う。
「二人に会ってからずっと楽しかった。それが余計に私の言葉を遮った。でももう言わなきゃ」
暗くなり始めた空を見ながら、彼女は告げる。
「お母さんは重い病を患っている。だから遠くの町にいる優秀な医者のところで治療をすることになったの」
僕は思った。
そこから先の言葉を、聞かずとも分かってしまった。
だからこそ思った。
「私、遠くの町に引っ越すことになったんだ。だからね、今日でお別れなんだ」
どうして世界は残酷なんだ。
楽しくなり始めた僕の人生に暗雲が覆い被さった。