物語No.14『電話の音』
彼女に連れられ、不思議写真同好会の部室に来ていた。
部屋は六畳程の小さな部屋で、壁一面に写真が貼られている。部屋の隅には大量の写真が入った段ボール箱が重ねられて置かれている。
僕と三浦さんはソファーも椅子もない部屋に正座する。
その横で、彼女が僕に身体を向ける。
「はじめまして。私は不思議写真同好会部長の撮鳥映です。あなたは何て言うんですか?」
撮鳥映。
聞き覚えのない名前だが、彼女のことはどこかで見たことがある。
ヒルコの方をチラリと見るが、ヒルコが彼女のことを知っているかは一切読み取れない。
「穂琉三、お前も自己紹介した方がいいんじゃねえのか」
ヒルコの声も僕にしか聞こえていない。
ヒルコの声がない撮鳥さんからしてみれば、沈黙がわずかに続いている状況なのだろう。
「ぼ、僕は日向穂琉三、です。よろしくお願いします」
拙いながらも言い切り、心の中でコーヒーを一口嗜む。
「撮鳥、日向くんが新しい部員になるの?」
「それはまだ分からないよ。あくまで興味を持ってくれただけだから」
「そ、そうなんだ」
三浦さんと撮鳥さんはこそこそと話している。僕を受け入れるか否かで大分悩んでいるのだろう。
当然だ。僕はまだ他人に受け入れてもらえるほどの会話力を持っていない。
入部を断られても仕方ない。
だが、この部活に入りたい。
何とかして仲良くならなければ。
「私は副部長です。部員は私と撮鳥の二人だけで活動をしています」
「なるほど」
三浦さんが説明する。
確かに他に部員はいなそうだ。
「部活動の内容は三浦が教える?」
「え、私っ!?」
「だってなんか知り合いっぽいからさ」
「同じクラスではあるかな」
三浦さんは横目がちに答える。
できれば三浦さんに教えてもらいたいところではあるが、まともに話せる気がしない。
「穂琉三、お前から懇願してみたらどうだ。三浦、教えてくださいって」
できるわけないよ。
それってつまり……、別にそういう意味になるわけじゃないけど……。
茶化されたことで心臓もバクバクだ。
「じゃあ二人で教えることにしようか」
「そうだね」
どうやら二人の中で話は決まったらしい。
最も無難な形で落ち着き、内心ほっとしている。
「今から噂がある場所に行く予定だったからちょうど良いしね」
「今からどこかに行くんですか」
「そうだよ。私たち不思議写真同好会の主な活動は不思議な写真を撮ること。特に心霊写真とか超常現象関係の写真とかを収めることを目標に活動中。とりあえずそういうことが起きそうな場所に行ってみようと思ってね」
夜中の学校なら起こりそうだが。
「遊園地に行こうってことになってるの。遊園地のお化け屋敷ならもしかしたら本物の霊がいるかもしれないからね」
いや、お化け屋敷はそれ以前に怖いんだけど。
正直行きたくない気持ちが勝っていた。
「日向くんも大丈夫だよね」
「う、うん。もちろん」
「強がってない?」
ヒルコが耳もとで囁くが、完全無視を決め込む。
「それじゃあ行こっか。遊園地に」
遊園地。
そういえば昨日三浦さんと来たっけ。
あの時は良い姿を見せられなかったけど、今度こそは見せよう。
「せっかく遊園地に来ていきなりお化け屋敷に行くのももったいないし、軽く遊んでこうか」
撮鳥さんの提案に三浦さんも頷き、遊ぶことになった。
ジェットコースターにメリーゴーランド、他にもいろんなアトラクションに乗った。
疲れたこともあり、カフェで休憩する。三浦さんは電話しながらカフェの外に出た。
僕は撮鳥さんと二人きりに。
「ねえ日向、三浦のこと好きなの?」
「え、いや、な、なんで?」
急に心を見透かされたようで、心臓が激しく鳴り響いている。
「ずっと三浦のことばっか見てるじゃん。その視線に気付かない子はいないと思うよ」
「バレてたか」
「好きなら早めに伝えた方がいいんじゃない」
「いやー、まだ勇気がないし……」
「否定しないってことは好きなんだ」
「あ……っ!?」
はめられた。
撮鳥さんは僕を完全に手玉にとっている。
「本当に早めの方がいいよ。人ってのはいついなくなるか分からないものだから」
撮鳥さんはどこか悲しそうな顔で答えた。
彼女の瞳には何が映っているのだろうか。
しばらくして電話を終えた三浦さんが戻ってくる。その表情にはわずかな陰りが見えた。だが撮鳥さんも僕も何も言わず、お化け屋敷に向かった。
お化け屋敷で恐怖に襲われながら、必死にカメラを回す。暗いお化け屋敷に度々わき上がるフラッシュ。
結局どの写真にも本物のお化けは映っていなかった。だがこの日はとても楽しく、部活にはいってみてもよかったのではないかと、そう思った。
心のどこかで、部活に入っても僕は馴染めないものだと思い込んでいた。
けど違った。
こんな僕でも受け入れてくれる人たちがいる。三浦さんや撮鳥さんのように、僕を輪の中に入れてくれる心優しい人たちが。
また来たいと思った。
この部活に。
僕はこの部活には入ろう。
その思いを伝えるべく、寮への帰り道、高等部寮に泊まっている撮鳥さんと一緒に帰宅していた。
思いを告げる前に撮鳥さんのもとへ三浦さんから電話が掛かってきたらしく、僕はしばらく無言で隣を歩く。
彼女が電話を終えた頃、僕は思いきって言う。
「僕、上手く馴染めるか分からないけど、今日みたいに楽しい日は久しぶりだったんだ。だから、僕はこの部活に──」
言い切る前に、撮鳥さんの涙を拭う動作が見えた。
横を向くと、撮鳥さんは目に涙を浮かべていた。
「三浦さんのお母さん、意識不明で倒れたって」
僕は頭が真っ白になった。