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一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章1『日向穂琉三の葛藤』編
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物語No.12『日向穂琉三のスタートライン』

 五月五日。

 まだ日付は変わったばかりで、空は墨汁をこぼしたような漆黒が覆っていた。


 その空の下。

 校庭で僕と愛六は向かい合う。


「そういうことか。私があの時1ポイント横取りしたから、穂琉三は来なくなったわけか」


 ヒルコは事情を説明する。

 ヒルコが愛六から1ポイント返してもらうまで、組まないと言って揉めたこと。

 それを聞いて愛六も仕方ないとため息を漏らす。


「今回の一件は私にも責任はある」


「しかし愛六様、この者が簡単に譲らなければよかっただけの話ではありませんか」


「分かっている。だがそんな話をしているんじゃない」


 口走ったミナカに視線も向けず、愛六は静かに言い放つ。

 言葉には多少の苛立ちが込められている。


「その1ポイントは返す。だがそれでは根本の解決には至らないでしょ」


「……」


 愛六は僕を一点に見つめる。

 向けられる視線に威圧感を感じ、僕はさっと目を逸らした。


「穂琉三、どうしてあなたは私に1ポイント返してって言えなかったの」


 たとえモンスターを倒したからといって、それですんなり終わる話だとは思っていなかった。

 僕がいない間、愛六は一人で戦っていた。

 不満があるのは当然のことだ。


「分かっているだろ。穂琉三はそういう性格だ」


「あんたには聞いてない。私は穂琉三に聞いてるの」


 ヒルコが僕の代わりに答えるが、愛六はヒルコを威圧で黙らせた。


「僕は……」


 なぜ僕が愛六に1ポイント返してって言えなかったか、そんなことは単純明快だ。

 僕がどんな人間か、僕が一番よく分かってる。


「僕は、人と話すのが苦手だから……。だから1ポイント返してって言えなかった」


「どうして人と話すことが苦手なの」


「それは……」


 愛六はため息を吐く。


「あなたは分かっていないんだよ。どうして自分が他人と話すことが苦手なのか」


「そんなの、生まれついてのものだから分からないよ」


「いいえ、あなたが人と話せないのは生まれついてのものじゃない。昔のあなたは今よりも喋れていた」


「昔って……」


 僕と愛六が出会ったのは中学校からだ。

 既にその頃、僕はあまり他人と話せなかった。

 愛六が知っている僕が話せてるなんて嘘だ。


「それに、あなたの母親に聞いたの。あなたの子供の頃の話を」


「……っ!?」


 少し気になる。

 僕も覚えていない子供の頃の話。


「幼少期のあなたを母親はこう形容した。──あなたは太陽だ」


 僕が……?

 今の僕は闇だ。

 誰がどう見てもそう答える。


 幼い頃の僕は、今の僕とは正反対だ。


「今のあなたは陰気で人見知りで会話が下手くそ。だけど昔のあなたは周りを笑顔にする太陽だったんだ。あなたにはその素質がある」


 僕に……そんなこと……。


「あなたは太陽になれる。だから顔を上げて、私の目を見て」


 僕は自然と顔を上げていた。

 愛六の目は渦のように吸い込まれそうだった。


「私の解釈だが、穂琉三は向き合わない分、相手が自分をどう思っているのか、正しく理解できていない。それだけならいいが、自分が卑下されていると思い込んでる。でもそのほとんどがあなたのことをなんとも思ってない。真っ白なんだよ」


 愛六の解釈は間違っていない。


「でも、本当に周りから卑下されていないかなんて分からない」


「じゃああなたは周りの全ての人間の観察をしているの? 関わっていない人間を全員卑下しているの?」


「それは……してないけど」


 言われてみればそうだ。

 関わりのない人間の印象なんてほとんどない。


「たとえ卑下されていたとしても、関わっていない人間からの評価は簡単に変わるもの。第一印象は怖そうだけど、話してみたら案外優しいって人はたくさんいる」


 愛六は友達がたくさんいる。

 そういう経験もしてきたように語る。


「あなたのことは誰のページにも書かれていない。そういうのを気にするのは関わってからなんじゃない」


 関わる……か。

 それに僕はひどく怯えている。


「今みたいな顔をされるのはこっちも嫌なんだけどね」


 はっと顔に意識を向ける。

 自分がどんな顔をしていたか分からない。

 だが笑っていなかったのは分かる。


「表情は相手からの印象を大きく左右する。特に今のあなたの表情は嫌さが全面に押し出されて、見ていてこっちまで気分が悪くなる」


 あまりにも直球な物言いは胸の奥に相当響く。

 僕はさらに表情を暗くしていた。顔を下に向け、卑屈な気分が自分を襲う。


 不意に顎を掴まれ、上に上げられる。

 無理矢理視線を合わせられる。


「日向穂琉三。お前が望むなら、他人と関わることができる。上手な会話を身につけて、かっこいい男にだってなれる」


 かっこいい……男に……!?


 僕はその言葉に心を惹かれた。

 三浦さんに気に入られたいという気持ちがより一層その言葉を際立たせた。


 呼吸をするのも忘れるほど目を見開いているのを見て、愛六は僕がかっこいい男になりたいと確信した。

 だからこそ再度その言葉を使う。


「私ならお前をかっこいい男にできる」


 なあ穂琉三。

 異世界が問いかける。

 ──誇れる自分はどんな自分だ?

 自分の夢に正直な人。


 答えは決まってる。

 自分一人じゃできなかった。でもこの状況をスルーしたならば、そんな言い訳は通じない。

 だから縋ろう。

 彼女に。


「お願いします愛六。僕をかっこいい男にしてください」

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