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一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章1『日向穂琉三の葛藤』編
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物語No.11『青春の1ページ』

 学園がまだ異世界と接続を始める前。

 穂琉三は学園に来ていた。

 その足取りは定まらず、行ったり来たりを繰り返す。

 物陰に身を潜めながら歩く姿は、端から見れば不審者だ。


 物音がすると、穂琉三は咄嗟に体勢を低くし、息を殺して身を隠す。

 彼の目に映ったのは、足を怪我しながらも時計塔に向かう愛六の姿だった。

 側にいる青い光球が心配する。


「愛六様、その状態で戦うのは危険です」


「それでも、戦わなきゃいけないんだよ。私は異世界に行かなきゃ行けない理由があるんだから」


 痛いはずの足を動かす。

 それに比べ、穂琉三は戦わず、逃げてばかり。


「せめてあの少年が来てくれればいいのですが」


「来ないよ。結局あいつは幽霊部員。一度サボればそれが常習化して、来ないことに慣れてしまう。あいつはそうやって逃げ続けてきたんだから。

 要は慣れてしまったんだよ。逃げることに」


 穂琉三は何も言えなかった。

 愛六の言った言葉が胸に剣のように突き刺さる。


「愛六様は逃げないのですか」


「ここで逃げたら異世界に侵略されて、現実世界はモンスターで溢れかえる。逃げたら最悪の未来が確定しているんだよ。だったらせめて戦って、誇れる死に方をしたい」


「ですが……」


「死ぬ時くらいは英雄でいたい」


 ミナカは逃げることを暗に勧める。

 だが愛六は決して逃げない。


 そんな愛六の姿を見て、穂琉三は憧れた。


 逃げてばかりの自分とは違う。

 最後まで戦おうとする愛六の姿勢に穂琉三はこれまでの自分を恥ずかしく思う。


「愛六は僕の何倍も凄いよ。なのに僕は……」


 鏡で自分の姿を見たら叩き割ってしまうほど、自分は醜く見えるだろう。


 穂琉三は思う。


 今戦わないで、いつ戦える。

 今向き合わないで、いつ向き合える。

 彼女の勇姿を見ても尚、目を逸らし続けるというのか。

 そんなの、臆病者じゃない。最低の人間だ。

 向き合う時は今だ。


 穂琉三は深呼吸し、物陰から出る。

 そして愛六の背中に向けて口を開く。


「穂琉三」


 寸前で、背後から声を掛けられる。

 振り返って目に映ったのは赤い光球、つまりはヒルコだった。


「どうして……!?」


 穂琉三は驚く。

 その間にも、愛六は目の届かないところまで消えた。


「私は、話をしに来たんだ」


「僕も……ヒルコに言いたいことがある」


 数日ぶりの再会に、どこかぎこちない二人。


「私は言ったな。愛六から1ポイント返してもらえと」


「言われたね」


「私はお前に強くなってほしかった。だから私なりに、私の教え方でお前を変えようとした」


「うん」


「でもそれは間違っていた。穂琉三には穂琉三の生き方がある。それは私がねじ曲げていいものじゃなかった。ごめん」


 ヒルコの謝罪に穂琉三は驚いた。

 逃げた自分を責め、罵られると思っていた。

 予想外に、ヒルコは穂琉三に厳しい言葉を浴びせなかった。


「いいよ。僕こそヒルコの期待に応えられなくてごめんね。強くなりたいって言ったのは僕の方なのに」


「でも、言おうとしていたんだろ。愛六に」


「どうかな……。僕って土壇場で尻込みするから」


 穂琉三は下を向き、自信なさげに話す。


「今までの穂琉三は土壇場まで行けずに尻込みしていた。それに比べたら成長している」


 ヒルコは穂琉三を励ます。


「穂琉三、異世界には行きたいか」


「僕は……」


 あの時、神妹に諭され、咄嗟にあんなことを言ったけれど、本心はずっと同じだ。

 異世界は僕を望んでいない。だから異世界は諦めた──違う。

 それは僕の本心じゃない。


「僕は異世界に行きたいんだ。だから、もう一度僕と戦ってほしい」


 言わなきゃ。

 言わなきゃ伝わらない。


 僕はヒルコに言った。


 ヒルコがどんな表情をしているのか、どんな感情を抱いているのか、分からない。

 人のように表情が分からず、人のように感情があるのかさえ分からない。


 それでもヒルコは僕を思ってくれている。

 ヒルコを信じて、ヒルコを頼ろう。


「戦おうぜ。異世界が私たちを待っている」


 ヒルコは答えた。


 心に火が点る。

 また始めよう。

 異世界を求める戦いを。


「行こう。穂琉三」


「そうだね。ヒルコ」



 ♤



 そして穂琉三は戦いの渦中へ。

 背中に火炎を纏い、駆け上がるように前足を振り上げる馬。

 火馬の目はしっかりと穂琉三を捉えている。


「穂琉三、恐らく敵は素早いぞ」


「うん。気を付けるよ」


 火馬は大地を蹴り、飛ぶように穂琉三へ突撃する。

 間近に迫った火馬の迫力は想像を容易に上回る。


「はああああああっ! 『火拳槌(カグヅチ)』っ!」


 叫び、己を奮い立たせ、火炎を纏った拳を火馬に向けて放つ。

 拳は空振りする。


「飛び上がった……っ!?」


 火馬は穂琉三の頭上を飛んでいた。

 夜空を背景に、筋骨隆々な前足を鎌のように振り下ろす。

 かわしきれない。そう悟った直後、夜空から彗星が落ちてきたかのように、降ってきた水玉が火馬の頭を覆った。

 不意の出来事に火馬は体勢を崩す。


「今だ!」


「『火拳槌(カグヅチ)』」


 そこへ容赦なく穂琉三の一撃が火花を散らす。

 火馬は悲鳴を上げながら地面に横たわる。


「ヒルコ! 鍵を!」


 赤い光球は穂琉三の手もとで鍵に変化する。穂琉三はそれを握り締め、扉へ走る。

 周囲にいたモンスターが扉までの道に立ち塞がる。


 まだ穂琉三の拳に炎は点いている。

 次々とモンスターに拳を振り下ろし、扉までの道を切り開く。


 扉に鍵を差し込む。


「──接続(コネクト)オフ。」


 鍵がかかる。

 鍵穴を中心に扉は霧となって渦を巻き、消失する。

 同時に、モンスターが次々と光の柱に討たれる。


 戦いは終わる。


 穂琉三は緊張感から解放され、微笑を浮かべる。振り返ってヒルコと目が合い、お互いに照れくさそうに笑った。


「ヒルコ、ありがとう」


「ああ。どういたしまして」


 全国大会出場をかけた激闘を勝利し、拳を合わせるような青春の中に、穂琉三とヒルコは没頭していた。

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