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一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章1『日向穂琉三の葛藤』編
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物語No.10『誇れる自分になりたくて』

 なぜか、母の言葉を思い出していた。


 人に誇れる自分になりなさい。

 惚れた女性に誇れるほどの男になりなさい。


 母はいない。

 代わりに育ててくれた母親代わりの女性が言った言葉。

 その人を僕は誇りに思っている。

 いつだって僕と真摯に向き合ってくれる。


 どんな困難にだって冷静に立ち向かい、決して他者に八つ当たりしない。

 豊富な知識、並外れた運動神経で物事を解決する。


 彼女のようになりたい。

 彼女のように誰かに誇れる自分になりたい。


 今の僕は誰に誇れる?


 決まってる。

 僕は誰にも誇れない。



 ♤



 時計の針がどちらも十二を差した頃、学園に静寂が訪れる。

 その学園の時計塔に、瀧戸愛六は立っていた。

 側には青い光球ミナカが浮かんでいる。


「また時計塔の真下に扉が出現したら、私は死ぬな」


 まだ治りきっていない左腕と左足を押さえながら呟く。

 昨夜の戦いで全身に深傷を負ったものの、ミナカの治癒魔法によってある程度の傷は治った。

 だが完全な治癒とはいかない。

 左腕の骨はまだ折れており、上手く動かせない。左足は歩く度に些細な痛みを感じる程度だ。


 動けないほどではない。

 だが安静にしていた方がいい。

 それでも愛六は戦いを優先する。


「愛六様、やはりあの少年に任せるべきではないですか」


「アイツは来ない。だから私がやるしかないんだ」


 愛六は穂琉三を信じていない。

 一度逃げ、それからずっと逃げ続けている穂琉三を信用などしない。

 ただ失望だけを浮かべる。


「ミナカ、敵の位置の確認を」


 ミナカは穂琉三の話題をやめた。

 愛六とミナカは周囲に視線を巡らせる。


 それは高等部。

 砂煙が上がっている。


「ミナカ、場所は高等部だ」


 階段を駆け降り、急いで高等部区画へ向かった。




 高等部へ到着して早々、愛六は足を止めた。目を見張り、校庭を見る。

 校庭には扉があった。

 それだけならすぐに扉を閉じることができた。


 だが、愛六はそれをしなかった。できなかった。


 まるで扉を守護するように、周囲を素早く走り回るモンスターがいた。

 馬の姿をしたモンスター。背中には炎を纏っている。


「私と最も相性が悪い」


 愛六はひきつった表情で敵を見る。


「愛六様、この相手は……」


「とことん私を追い詰めたいみたいだな。これは意地が悪すぎる」


「水玉を出しますか」


「ああ。どのみち戦わなきゃいけない」


 ミナカは水玉を愛六の側に出す。

 愛六は水玉を自身の周囲に浮遊させる。


「高速で動く相手に対し、どう水玉を当て、窒息させるか」


 愛六は思考する。

 しかしその一体だけに意識をむけるわけにもいかない。

 現在進行形で扉から出現するモンスターが愛六に向かう。


「『水槽の君』」


 水玉でモンスターの頭を覆い、次々と溺死させる。


「このまま突っ込む」


 考えてもモンスターが増えるだけ。

 力が尽きる前に攻めるべきと考えた愛六は、扉目掛けて一直線に走る。

 それを見た火馬は足を止めた。


「止まった! 今しかない!」


 彗星のような軌道で飛ばした水玉が静かに接近し、背後から火馬の頭に覆い被さる。

 このまま倒せれば障壁は消える。

 だが愛六の期待を裏切るように、火馬は大地を疾走し水玉を振り切った。


「やっぱ無理か」


 そのまま直進する火馬は愛六と距離を縮める。

 回避しきれず、火馬の蹴りが愛六の腹に炸裂。


「ぐっ……、はぁ…………!」


 身体の奥まで衝撃が走る。地面を転がる。

 呼吸ができない。肺が上まで上がったように、一呼吸が苦しい。咳すら出ない。次第に涙が溢れ出す。


 呼吸が戻った時、四方はモンスターに囲まれていた。

 逃げ場はない。


 奥の手であるミナカの禁忌は月一回限り。

 もう使えない。


「愛六様!」


 ミナカは愛六のもとに駆けつけようとするが、火馬に蹴り飛ばされる。

 その火馬が社交ダンスのようなステップで高く舞い上がり、横たわる愛六の真上に。


「ああ……、死ぬ」



 ♤



 身に染みて理解した。

 私一人では扉を塞げない。

 私はそのことが無性に腹が立った。


 だったらどうしてあいつはいない。


 命が途切れる音がする。

 世界が終わる鐘が鳴る。

 私はここまでだ。


 終わり行く命は受け入れがたいものだった。


 ああ、私はもっと生きたかったのに。

 私にはやり残したことがあるのに。


 こんなところで私は死ぬのか。

 こんなあっさりと私の命は……


 ──終わってしまう。


 私は目を閉じ、諦めた。

 この状況を打開する方法なんて何一つない。

 仕方がない。

 だからもう、終わってしまう。


 私の物語のページが終わる──


「『火拳槌(カグヅチ)』」


 ──はずだった。


 熱が私に伝播した。

 目を開け、瞳に映った。

 燃え盛る拳を火馬に向けて振るうあいつの姿が。


 火馬は地面を転がる。

 あいつは私の方へ振り向いた。


「愛六。一人で戦わせて……、ごめん」


 かっこよく登場した割にはひどくカッコ悪い台詞。

 せめて「大丈夫か」とか心配してほしかった。

 会話が下手で、気遣いも下手。


 私は頬を膨らませる。

 少しだけ怒った。


 だけどあいつらしい行動に、思わず笑みもこぼれた。

 そうだね。

 お前はそういうやつだった。


 本当は言いたいことが山ほどあった。

 どうしてずっと逃げてんだ。何も言わずに去るくらいなら喧嘩しろ。こんな危ない戦場で一人にするな……とか。

 一つ一つ挙げていけばキリがない。


 だから一言。

 私は言った。


「あとは任せた」


 あいつは肩をびくつかせる。

 相変わらず臆病だ。


 臆病ながらも拳を構え、扉を見据える。

 その前には起き上がった火馬が立ち塞がる。

 正面だけでなく、周囲に目を配らせれば、モンスターの群れが私たちを囲んでいる。


「ヒルコ、いる?」


「ああ」


 側には赤い光球が付き添う。


「勝とう。穂琉三」


「もちろんだ」


 戦いが始まる。

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