二月銀の日常
身体を揺らされる衝撃で目を覚ました。
いったい何の揺れだろうと全身に意識を向けると、肩に手が触れているのが分かった。
目を向けると、金髪の少女がいた。
「お姉ちゃん、朝だよ」
「ありがと虹花」
時計を見ると、時刻は六時。
「六時か……」
私はいつもこの時間に起きているため、何の問題もない。
だが気になっていることがある。
「家に帰って寝たのが一時だったか。寝ていた時間は五時間なのに、眠くないのはどうしてだろうか」
毎晩異世界との接続があるため、寝る時刻は遅い。
だがどうしてだろう。
たった五時間の睡眠が、十時間にも感じられる。
これも接続者に起こり得るものなのだろうか。
気になったものの、深くは考えず、洗面所に行って顔を洗い、目薬を差した。
「さて──」
私の両親は孤児院を運営している。そのため、この大きな家には十人ほどの孤児が暮らしている。先ほど私を起こしてくれた虹花もその一人だ。
起床後、両親とともに全員分の料理を行う。
「相変わらず料理が上手ね」
「本当だな。銀には料理教えた記憶ないんだけどな」
両親は私の手際を見てそう呟く。
確かに私は初めての料理でそれなりにできた。
多分両親の料理姿をずっと見ていたからだろう。
生まれつき、真似ることは人一倍上手だった。
全員で料理を食べ、その後の自由時間。
ピアノを弾いたり、サッカーをしたり、積み木で遊んだりしている。
この孤児院は母が祖母から継いだ場所であり、母で三代目だ。
既に多くの卒業生がいるが、卒業生が度々お金や物を送ってくれたりする。
ピアノやサッカーボールなども、卒業生が送ってくれたものだ。
ピアノ上手の黒音、サッカーが得意な青斗、その他にも水泳が得意な子や木登りが得意な子、声真似が得意な子や魅了が得意な子など、様々だ。
私はそんな彼女らを、見ている。
八時になり、私は登校する。
天泣山頂上にある天泣学園。
運動部に力を入れている学園であり、どの運動部も大会では上位に入賞しているほどの強豪ばかり。
「やっほー銀銀」
「おはよー怜安」
怜安はクラスメイトであり、私と同じバスケ部に所属している。
「今日は夕日ヶ丘高校のバスケ部と練習試合だっけ。あそこのバスケ部も強いんだよな」
「へえ、そうなんだ」
「そうなんだって……ああ、銀銀ってバスケ始めたの高校になってからだっけ。それじゃあどこの高校が強いとか知らなくて当然か」
納得した怜安は私の肩に腕を組み、にらみつけてくる。
「銀銀って少し天才すぎない。私たちが積み上げてきたものをまるでコピーしたみたいに強くなって、たった一ヶ月で先輩を超えてレギュラーでしょ」
「う、うん」
「凄すぎ。私たち一年生からすれば銀銀は希望の星なんだよ」
「ありがとう」
「まあ先輩からは良いようには思われないけどね」
「あはは……。まあそこはちょっと苦労してるよ」
「今日の練習試合、頑張ってよね。私たち応援してるからさ」
「ありがとう。怜安」
相変わらず怜安は優しいね。
私は同級生に励まされ、一日を始める。
一限から三限は授業を受け、四限はテスト返却。
「二月さん。相変わらず全教科満点です」
担任の祝福を受け、全科目のテストを受け取る。
いつも通りクラスメイト全員が私のもとへ駆け寄る。
「さすがだね二月さん」
「銀ちゃんすごーい」
「天才かよ」
「ありがとう皆」
そして昼休み。
私は急いで教室を飛び出し、校舎の外れにある池に向かった。
「乙姫」
そう呼び掛けると、池から少女が現れた。
髪を八の字に結い、風にたゆたう衣を身に纏った女性。
彼女の周囲を囲むように、魚が空中を泳いでいる。
「おはようございます。二月様」
「おはよう乙姫」
「用件はやはりランキングが関係あるのでしょうか」
「まあね。私のランキングは同率で十二位。このままじゃ異世界に行く権利が危ういでしょ。だからこれからの私は今まで以上に扉を閉じなきゃいけない」
「承知いたしました。これからは異世界との接続を感知し次第、速やかにご連絡いたします」
「ありがとう」
放課後、バスケ部へ。
既に練習試合の相手校が体育館に到着していた。
その中には、見覚えのある女子生徒もいた。
刈り上げにし、頭の後ろで髪を一本に束ね、前髪を半分かきあげている女子。
「竜胆威吹……!?」
「おっ、既視感ぱねーと思ったらあん時のコピー野郎か。よろしくな」
竜胆も私に気付き、握手を交わした。
とはいえ敵対心満々だ。
「銀銀知り合い?」
「ああ。ところで竜胆もスタメンなのか?」
「うん。夕日ヶ丘にとんでもなく強い一年が入ったって聞いてたけど、多分彼女なんだろうね。噂ではストリートで鍛えたドリブルセンスは誰にも捕らえられないらしいよ」
「へえ、見てみたいな」
天泣学園は私を含めた五人、夕日ヶ丘高校は竜胆を筆頭に五人。
まずはボール奪取だが、相手の三年にとられ、竜胆にパスが渡る。
(どんなドリブルを見せてくれる)
すかさず二人の三年が竜胆の前に立ち塞がる。
竜胆はドリブルを継続したまま、二人の間へ飛び込もうとしていた。だが間は塞がれ──
その瞬間を逃さず、竜胆は急加速して空いたスペースを駆け抜け、ゴール前へ。
その後高く飛び上がり、ダンクを決めた。
「身体能力の桁が違うんだよ。一般人ども」
竜胆の気迫に全員が圧倒された。
私の目でも一度見ただけでは完全に掌握することは不可能。
それほどの卓越した技術が詰め込まれていた。
「さあ、このまま圧勝するぞ」
続けてこちらの攻撃だが、ゴール前で竜胆がパスカットし、そのまま反対のゴールまでドリブルで突っ走る。
今度は私が竜胆に対応する。
「接続者同士、激しく行こうぜ」
ドリブルが加速する。
竜胆の身体が前傾に。
身体が倒れる方へ反射的に腕を伸ばすが、その隙をついて反対へ抜けようとする。
間一髪でボールには触れれる。
と思った次の瞬間、竜胆はボールを私の逆サイドに向かって飛ばした。
「パス……!?」
だがバウンドしたボールは激しい回転により逆サイドにいた竜胆の手もとに収まる。
「まじか……!」
再び夕日ヶ丘に二点が入る。
その後も竜胆のドリブルが得点を刻み、点差は十点もついてしまった。
休憩時間。
怜安が私のもとへ歩み寄る。
「すまん。今のままじゃま──」
「違うよ。銀銀は私たちの希望の星。あなたがいる限り、私たちのチームは負けない」
怜安は真っ直ぐに私を見る。
その目は嘘偽りなく、勝利を信じている目だ。
私はその目に、感化された。
「さあ勝ってきて。私たちの希望──二月銀」
私は目薬を差し、いざ戦場へ向かう。
「まだ闘志は消えちゃいないな」
「当然だ。最後まで戦い続ける限り、結果は分からない」
「良い意気込みだ。だったら全力でかかってこい」
開始数分、竜胆がドリブルでゴールへ向かう。その動きを私はまばたきせずに直視し続け、彼女を遠くから見つめる。
華麗なボール捌き、重心移動によるフェイント、複数のリズムによる狂わせ、それらを駆使し、竜胆は誰にも捕らえられないドリブルを行っている。
「ああ、そうか。見えてきた」
私は自分の右目を手で覆い、見た映像を頭の中で反芻する。
「できる。私にも、できる」
竜胆はゴールを決めた後、私を見て肩を魚籠つかせる。
「まさか……いや、そんなはずはない。が──」
私のもとへパスが回り、相手が二人がかりで止めに来る。
「チャレンジだ」
私は竜胆の動きを瞳に浮かべながら、ドリブルを行う。
重心移動、からの──
「な……!?」
私は敵守備二人の間を抜き、ゴールへ駆ける。
「まさか本当に……オレのドリブルをコピーしやがったのか!?」
竜胆は驚きつつも、私の前に立ち塞がる。
「再現開始」
私は重心移動で敵を誘い、相手の左から抜ける。だが竜胆は逃さずついてこようとしていた。ギリギリボールに触れられる。
寸前でボールを竜胆の右に向けて投げる。
「まさかこれは……」
ボールは激しい回転により私の手もとへ戻ってくる。
その後、無人のゴールへボールを叩きつけた。
「まじか……っ」
その後も勝負は続き、激戦の決着は一点差で私たちのチームの勝利。
「さすが魔法十家に選ばれた接続者だな」
「威吹も十分強かったよ」
「もう名前呼びか」
「気に入らなかった? それなら名字で呼ぶけど」
「いや、名前で良い。これからもてめえを叩き潰すぞ」
「望むところだ」
私は威吹と熱い握手を交わした。
「おい二月、てめえ途中まで見てるだけだったよな。私たち先輩が必死こいてる時に、何してんだてめえ」
先輩らが眉間にシワを寄せながら近づいた。
「あ? お前半分以上ゴール決めてたよな」
威吹は不思議そうに首をかしげる。
きっと威吹はチームで認められている。
それに比べて私は──
「聞いてんのか二月」
先輩の手は私の肩を掴む。
怒りのこもった熱い手だ。
私は先輩の腕を掴み、真っ直ぐに相手の目を見る。
「先輩、私をチームメイトとして受け入れてはくれませんか」
「あ? 舐めてんのか。私たちは三年間戦って今のポジションにいるのに、それをたかが数ヵ月積み上げただけの奴に取られるなんて、不愉快なんだよ」
それが先輩の心からの言葉なのだろう。
確かに私は先輩たちほどバスケの経験は長くない。
それでも──
「──二月様、異世界の扉が出現しました」
脳内に乙姫の声が届く。
「場所は?」
問いかけるまでもなく、二月は目にした。
バスケットゴールの上に付随するように、扉が出現していた。
「竜胆」
「ぶっ倒す」
私は竜胆とともにすかさず扉へ向かう。
扉が開くも足を進めるが、
「……っ!?」
直後、私と竜胆を衝撃が襲う。
地べたに倒れながら扉を見る。
そこには人間サイズの銀色ハンマーが浮いていた。
「ありゃモンスターか?」
竜胆は起き上がりながらハンマーを捉える。
「さあね。でも気になるのはそれよりも、私たちの目でギリギリ追えるくらいの速度で攻撃してきたってこと」
「近づくのは危険だな。だが生憎と私は通常モンスター相手に遠距離攻撃は持っちゃいねえ」
「魔弾なら使える」
「そういえばそれがあったな」
私が竜胆と話している間にも、周囲の生徒は体育館から悲鳴を上げて逃げ出していた。
ハンマーはうねうねと回り始める。
「仕掛けてくるぞ」
次の瞬間、ハンマーが急加速によって体育館の周囲へ飛んでいった。
「速……っ!?」
一瞬の出来事に魔力防御することもできない。
幸い私たちを標的をする攻撃じゃなかった。
ではいったい何を……
周囲を見ると、逃げようとした生徒らの行く手が全て瓦礫で塞がれていた。
「おいおいそういうことかよ。嫌味なハンマーだな」
舌打ちをする竜胆。
これ以上は危険と判断したのか、拳と足に魔力を集中させた。
私はその間に扉を塞ぎに──
「来るぞ──」
私の背を強い衝撃が駆け抜ける。
時速四十メートルの車に轢かれたような衝撃で身体は吹っ飛び、体育館の壁に激突した。
「『魔拳・竜爪』」
竜胆の拳に纏う魔力は、三枚刃のように鋭く尖っている。
ハンマー向けて地を駆けるが、ハンマーは回転し、向かってきた竜胆を遠心力そのままに吹き飛ばした。
「魔力で防いだにも関わらず、これほどの……」
ハンマーは踊るように舞っている。
まるで遊ばれている。
私はこの程度か……。
「銀銀……」
誰かが私の名を呼んだ。
「怜安……」
ハンマーが再び回り始めた。
おそらく今度の標的は怜安たち逃げ遅れた生徒。
「させない。だって私は、希望の星なんだから」
震える身体を呼び起こし、いざ立ち上がる。
「おいハンマー、お前の相手は私だろ」
回るハンマーに瓦礫を投げると、ハンマーは動きを止め、私へわずかに近づいた。
「そうだ。てめえの相手は私だろ」
それを分かったのか分かっていないのか、ハンマーは再び回り始めた。
異世界との接続時、その場にいた者が負傷したとしても、治癒が行われることはない。
ただ記憶を書き換えられて、それで終わり。
なら私が守らなくては。
「友達も守れないで、世界を救えるはずがない」
私は目を開き、敵を見据える。
直後、ハンマーが一瞬にして私へ向かって飛び込んでくる。
「ああ、不思議と……」
不思議とハンマーの次の動きが見える。
私は数歩横に逸れた。
それだけでハンマーは私に触れることはできず、私が居た場所に想いっきり飛び込んだ。
「やはり単パターンの攻撃。そうかお前、柔軟な思考がないのか」
見えてきた。
このハンマーの弱点。
ハンマーは壁を貫通し、再び私の前に戻ってくる。
間合いは先ほどよりも短く、十メートル。
あの超速で十メートルの間合いなら回避は相当難しい。
だがそれは相手の動きを読めていなかった場合に限り。
再度ハンマーが回転の後に突進するが、私は数歩横に逸れてかわした。
「お前は標的に向かって真っ直ぐにしか進めない。それが分かれば、あとは回転中にかわせばいい」
地面へ埋まるハンマー、すかさず魔力を集中させた拳を叩きつける。
「竜胆!」
呼び掛ける必要もなく、竜胆が大振りの蹴りを振るう。
「『魔脚・竜撃』」
魔力がこもった重い一撃が、ハンマーを粉々に砕いた。
「扉はてめえに譲るわ」
「助かる」
私はダンクシュート以上の高さまで飛び上がり、扉を鍵で閉めた。
「──接続オフ。」
やがて扉は鍵穴を中心に渦を巻いて消失した。
事件も一件落着。
私は先ほどの話の続きがあったので、先輩のもとへ行った。
「先輩。私は先輩たちほどバスケの経験がありませんし、先輩たちほどバスケのことを知りません。でも、皆で協力できたら楽しいと私は思っています。なので、私をチームメイトとして受け入れてはくれませんか」
「……分かった。別に、少しお前のことが気に入らなかっただけで、実力は認めてる。だからまあ、これからもよろしくな」
先輩は目を逸らしながらも、そう伝えてくれた。
私は笑顔でこう返す。
「ありがとうございます。先輩」
私は喜びを噛み締めていた。
「おい二月、この後記憶を消されるんだから、後でで良かったんじゃねえのか」
「あ……、忘れてた……」
その後十星騎士団の面々が駆けつけ、事態は無事処理された。
接続者でない者たちの記憶が消された後、私はもう一度先輩に気持ちを伝えた。
先ほどよりも時間はかかったが、私を仲間として受け入れてくれた。
部活終わり、いつもは怜安と一緒にカラオケに行ったり喫茶店に行っているが、今日は先輩たちとともにボーリングに行った。
どうやら先輩の主将がボーリングが得意らしい。
ボーリングは初めてで、最初は上手くできなかった。
「おい二月、全然倒せてねえじゃん」
「悔しい……」
だが次第に主将の動きを見ている内に、気付けば連続ストライクを叩き出していた。
「はぁ? あんたボーリング初めてって言ってたよね」
「はい。なんか見ている内にできるようになりました」
「はあ。あんたと競うだけ無駄ね」
ひと悶着ありつつも、親睦は深まった気がした。
二十時くらいになり、孤児院へ戻ってくる。
既に子供たちは料理を食べた後で、皆楽しく折り紙をしていた。
「お姉ちゃんお姉ちゃん、これ見て。凄いでしょ」
「何これ……すご……」
虹花が持ってきたのは、折り紙で複雑に折られたものだった。
どことなく誰かに似ているような……
「お姉ちゃんを作ったの。凄いでしょ」
どうりで。
「さすが虹花。凄いな」
「わーい」
その後、唯一晩飯を食べていなかった虹花と一緒に晩飯を食べ、虹花を寝かしつける。
二十三時三十分、誰にも気付かれぬように孤児院を飛び出し、学園へ。
「やっほー乙姫」
「さあ、今夜も始めましょうか」
やがて二十四時、モンスターが学園を席巻する。
だがしかし、天泣学園は落とされない。
なぜならそこに、私がいるから。