一国百の日常
六時。
一国百は目覚めた。
毎朝起きてすぐ、百は朝日を浴びながら瞑想をする。
その際、呼吸とともに全身の魔力を循環させ、調和を整えていた。
一時間の瞑想を終え、両親が起きてくる。
両親は毎朝リビングにある一国千代の祭壇へ手を合わせている。
一国千代は異世界流しに遭ったが、そのことは当然百以外の家族へは口外されていない。
接続者は異世界の存在を公表してはいけない。それがたとえ家族であっても。
実際、一国千代は異世界の存在を弟である百に伝えたことで罰を受け、異世界流しに遭った。
そのため、一国千代が生きていると知っているのは一国百だけだった。
百は祭壇へ手を合わせる家族を見て、少し複雑な気分を味わう。
やがて制服に着替え、学校へ向かった。
一時間目、二時間目をそつなくこなし、三時間目の体育のために体操服に着替え、体育館まで歩いていた。
道中、男子三人に囲まれている少年を見つけた。
「おいお前、せっかくシューズ隠してやったのに見つけちゃったんだ」
「あーあ。いけないんだ」
「体育参加すんじゃねえよ。参加するなら殺すぞ」
男子三人は容赦なく少年をいたぶる。
百の中にある正義が呟く。
「ひどい言葉遣いだな。お前らの正義が泣いているぞ」
百は臆することなく男子三人へ声をかけた。
男子らは嘲るように微笑し、上目遣いで百を見る。
「何お前? 君、目立たないから知らないな」
「誰だよてめえ。邪魔するのか。それとも俺たちの遊び相手になってくれるのか」
クスクスと笑いながら、男子らは百へ詰め寄る。
しかし百は一歩も引かず、男子らが自分に何をするのか静観していた。
その態度に腹を立てた男子が百の肩を押すが、百は一歩も動かなかった。それどころか肩を押したはずの男子が体勢を崩して倒れた。
「はぁ? 何してんだてめえ」
それを見ていた二人の男子も百へ殴りかかるが、百は全ての拳をかわし、最終的には二人の拳をそれぞれの顔面へぶつけさせ、一切手を加えずに三人を倒した。
「もう終わりか」
淡々と百が問う。
男子三人は舌打ちをし、駆け足でその場を去っていった。
百は詰め寄られていた少年へ手を差し伸べる。
「大丈夫か」
「はい。ありがとうございます」
少年は百の手を取り、立ち上がった。
そして目を輝かせて百を見る。
「あの、どうやったらあなたみたいに強くなれますか」
「……え?」
少年は百に手を取り、百は戸惑う。
「師匠と呼んでも?」
目を輝かせながら少年が問いかけた。
百は少年の純粋な輝きに不思議と心が惹かれていた。
「好きにしろ」
「ありがとうございます。師匠」
百は少し思い出していた。
もしあの日、姉が異世界流しに遭っていなければ、自分もまだ彼のような輝きを目に宿せたのではないだろうか。
「僕の名前は陽園光です。よろしくお願いしますね。師匠」
「あ、ああ」
その後の体育の時間、バスケを行った。
百は類いまれなる身体能力で次々とドリブルで相手を抜かし、簡単にシュートを決めた。
対して陽園はすぐにボールを奪られてしまっていた。
時間も過ぎ、間もなく授業が終わる。
そんな中、ボールが陽園に渡った。
ゴール間際、だが誰の期待も向けられていない中、
「────」
陽園が放ったシュートはゴールネットを揺らした。
百は陽園に光る才能を感じた。
ほんのわずか、そんな気がした。
「すごいな」
「は、はい」
百が話しかけてから答えるまで、少しの間があった。
まるで極度の集中下にいたような、そんな雰囲気を放っていた。
昼休み、百は陽園とともに教室で昼食をとっていた。
「師匠は特に運動系の習い事はしてないんですか!?」
「ああ」
「じゃあ自主練であれほどの強さを身につけたってことですか」
「まあな。普段から鍛えることは好きなんだ」
異世界のことは決して口外してはいけない。
百は細心の注意を払いながら答える。
「僕は子供の頃から親に色んな習い事をさせられたんですけど、てんで駄目で……」
「だが最後のシュート、あれはスゴかったんじゃねえの」
「はい……。でも打った瞬間のことはあまり覚えてなくて……」
百は気になっていた。
一見非凡な少年が、あの時見せた謎の雰囲気。
あれほどの集中状態に、簡単に入れるものだろうか。
「師匠の弁当は手作りですか」
「そうだ。お前のはどうだ?」
「僕のは姉が作ってくれるんです」
「姉……か」
その言葉に百は表情を歪ませそうになるも、一切表情に出すまいと舌を噛んだ。
やがて六時間目になる。
六時間目は以前行われた中間テストの成績発表が行われていた。
生徒一人一人に各テストの点数や順位などが記載された用紙が配られ、黒板には学年内での上位二十人が書かれた紙が貼られていた。
百の順位は一位。
「さすがです。師匠。どれくらい勉強したんですか」
そう問いかける陽園に、百は少し考え込む。
「まあ、一日三時間はしてたかな」
「へえ、凄いですね」
放課後になり、陽園は帰宅した。
百は未だ取り壊されていない旧校舎へ足を運んだ。
常に周囲に人がいないことを確認しつつ、旧校舎すぐそばにある竹林へ。
竹が生え揃ったその中に、天女が着るような衣を纏った少女が立っていた。
「カグヤ、異世界への扉を塞ぎに行くぞ」
「始めましょうか。一位を獲るために」
午後五時。
百はカグヤとともに街を徘徊していた。
「ランキングが発表された。ボクは五十ポイントで十位だった」
稲荷は全接続者に第百期接続者ランキングを発表していた。
自分のポイントやランキングから、他人のポイントやランキングまで知ることができるようになった。
(現状、ランキングでは十位に入ったが、序盤は魔法や魔力の扱いになれていない者が多かった。だがこれから先、ポイント合戦は加速する)
「今の時点でも異世界へ行く権利を獲得できる圏内にいますね」
「ああ。でもボクは王様だからさ、やっぱり一位を獲りに行く」
「さすがは一国様。それでこそ王家魔法を受け継ぐにふさわしい」
カグヤは微笑みつつも、眉を動かす。
「扉の気配。ここから三百メートル」
百はカグヤとともにそこへ向かう。
場所は病院。
「相変わらず結界が張ってある。やっぱ神妹様って扉の出現位置を事前に分かっているんだろうね」
カグヤはそれに返答をしない。
結界が張ってあることにより、その場からモンスターが外へ行くことを防ぐ。
とともに一般人が近づくことを防ぐ役割もある。
しかし既にその場にいた者は違う。
モンスターの恐怖に怯え、中にはモンスターによって負傷する者もいる。
一国は病院のロビーに看護師や患者が集まってぶるぶると震えている光景を見た。
結界は結界内の者を外へ出さない。
異世界の存在の秘匿性のためにも、それがなされる。
「カグヤ、扉は病院の屋上だね」
「はい」
「『開国』」
王家魔法は開かれる。
「『王雷纏い』」
百の全身に電気が纏われ、運動速度が加速する。
素早い身のこなしで病院を駆け巡り、病院内に発生したモンスターを次々と葬っていく。
最上階一歩手前の四階に到着したところで、百は見た。
今まさにモンスターに襲われ、命を落としかけている親子を。
モンスターに喰われそうになっている母親を、息子が守ろうとしている。
百は稲妻のごとく駆け抜け、モンスターの胴体に風穴を開けた。
「大丈夫ですか」
振り返り、百は驚く。
そこにいたのは陽園だった。
「し、師匠!?」
陽園のすぐそばには、患者服を着た母親と思われる人物がいた。
「そうか……」
百は彼と話したかったが、周囲に湧くモンスターへ目を向ける。
次々とモンスターを葬り、
「──接続オフ。」
屋上にあった扉を塞いだ。
その後、百は病院中のモンスターを殲滅した。
結界はまだ消えない。
それは間もなく十星騎士団から記憶に干渉する魔法使いが派遣され、結界内にいた者の記憶が消されるからだ。
それまでの間、百は陽園と話す。
「お前の母さん、入院してたんだな」
「うん。理由は分からないんだけど、なぜか急に片足がなくなっちゃったんだよ」
百は話を聞いただけで理由が推測できていた。
モンスターによって負傷した者がいようと、魔法による治癒は行われない。
「でもビックリしちゃった。師匠、凄い人なんだね。あんな化物に勇敢に立ち向かってた。カッコ良かった。まるで昔僕が憧れたヒーローみたいで……」
百は横を向けなかった。
ただ涙が落ちる音だけが、彼の耳に届いた。
もし彼が接続者だったなら。
きっと……
そんなことを思いながら、やがて記憶が消されていく陽園を、百は遠くから見ていた。
二十四時。
十三山の一つ、王帝山の山頂。
王帝学園が異世界と接続する。
百とカグヤがいた。
「カグヤ」
「体育倉庫に──」
言い終わるよりも早く、駆け抜けた百は体育倉庫へ向けて魔法を放った。
「『王雷』」
稲妻が体育倉庫を襲う。
すぐに扉は閉じられた。
「一国様……」
百の圧にカグヤは恐怖を感じていた。
異世界との接続が終わり、百は帰路へ。