物語No.96『闇との接触』
六月二日の夜、学園での戦闘を終え、既に日付は回っていた。
その帰り道、奈落は墓地の横を通りすぎた。
「そっか……」
奈落はふと思い出す。
「ねえミタマ、私は大切なことを忘れていたよ。どうして、彼らのことを忘れてしまっていたんだろう」
奈落は墓地へ視線を向けたまま、罪悪感に襲われる。
忘れていた。
そう言った彼女だったが、実際のところ忘れていたのはほんのわずかな間だけ。
彼女は常に彼らのことを思い、その度に足取りは重くなる。
「常に覚えていたって何にもならないだろ。少しくらい忘れたって」
「駄目だよ。だってこれは私の罪だから、だから私は、いつだってその罪を背負わなければいけない」
奈落魔宵は闇を抱えている。
その闇は深く、まるで底無し沼のように彼女を絡めとる。
「だが、本当はお前が気負う必要はない。だってあの時、お前は────」
「どんな理由であれ、私は罪をおかした。だから私はいつだって背負い続ける」
奈落は墓地へ行き、ある人物の墓へ手を合わせた。
その様子をミタマは静かに見つめる。
墓地を出た先に、人影があった。
その人物は奈落を見るなり、身体を向けた。
「悪魔のにおいだ」
その言葉に奈落は肩を魚籠つかせる。
奈落の反応を見て、その人物は奈落が悪魔と関係性を持っていると確信した。
「やっぱり悪魔と契約したのは俺様だけじゃなかったんだな」
奈落はすぐにその場を離れようとするが、突如全身に冷たさを感じ、身動きがとれないことに気付く。
「…………っ!?」
奈落は全身に冷たい何かが触れている感触があったが、見えている限り何も全身に触れていない。
「不思議だろ。それが俺様の悪魔の能力だ」
「目的は何ですか?」
脅えながら奈落は問いかける。
「別に戦おうって言ってんじゃない。俺様は魔法使いへ対抗するために戦力がほしいってだけだ」
男は奈落の反応をうかがいながら話す。
「先日起こった黒薔薇学園での事件を知っているか」
「あれは……隠蔽されたはず……」
「そうだな。だが俺様は偶然あの現場の近くに居合わせた。俺様だけじゃない。悪魔の気配を感じ、俺様以外にもたくさんの契約者が実は見に来ていたんだよ」
あの事件は悪魔の契約者に広まっていた。
「あそこで現れた悪魔は、あの気配から察するに俺様の悪魔よりも強かった。それでも情報統制されて隠蔽されたってことは、悪魔が敗れたってことだ。そこで思ったんだよ。もし俺様が悪魔の力を使って欲望のままに動いても、魔法使いが殺しに来ると。じゃあどうすればいいと思う」
男は奈落へ問いかける。
「大人しくするしか……ないんじゃないの?」
「それじゃあ人生は一向に退屈だ。だったら俺様は大人しく死んでやるよ。だが力を得てしまった。だったら夢を叶えるまでは死ねない」
男は高らかに叫ぶ。
興奮しているのが傍目からも分かる。
「じゃあ……どうするの?」
「決まってんだろ。契約者同士で手を組むんだよ。そして大量の契約者が集まった時、一斉に暴れればいくら魔法使いであろうと返り討ちにできる」
男は一切悪びれることもなく宣言した。
「既に仲間は数人集まっている。お前も来るか」
奈落は近くに悪魔の気配を感じた。
それは目の前にいる男のものではない。
男の問いかけに適した回答はたった一つ。
それができなければこの場に集う接続者にどんな目に遭わされるか、奈落は直感していた。
ミタマは奈落にしか聞こえない声で呟く。
「もしもお前が正義を望むなら、奴らの仲間に入り、計画をできる限り集めろ。奴らが実行に移す前にそのことを十星騎士団らに伝えれば、世界に再び悪が振るわれることを防げる」
ミタマの意見に奈落は賛同した。
「分かった。私はあなたたちの仲間になるよ」
男は微笑む。
「最高の答えだ。歓迎するぜ」
奈落は身動きがとれるようになり、男と対面する。
「俺は伊織。これからよろしくな」