物語No.93『間もなく闇』
六月二日。
黒薔薇学園での騒動後、穂琉三にはずっと気がかりなことがあった。
「ねえ奈落さん」
「…………」
「えっと……奈落さん?」
「……ん? あ! ごめん。ボーッとしてた」
奈落さんは驚いて穂琉三に身体を向ける。
穂琉三の部屋で、机一つ挟んで奈落さんを見る穂琉三。
奈落さんの様子は明らかにおかしかった。
穂琉三はなんとなく予想がついていた。
その原因が魔鍋綺羅であることを。
だが穂琉三はそれを聞けずにいた。
なんとなく、それが聞いてはいけないことだと感じていた。
「もし困ったことがあったらなんでも相談してね」
彼女から打ち明けてくれることを待つしかない。
しかし奈落には打ち明けられない理由があった。
夜、彼女はいつものように黒薔薇学園へ向かい、異世界との接続を待っていた。
既に三人一組での共闘は終わり、再び一人での学園戦闘が開始していた。
奈落のそばには黒い光球が浮かんでいる。
「ねえミタマ、私、今黒い心を持っているんだ」
奈落は胸に触れる。
「なんとなくだよ、この心はこれ以上育てちゃいけないと思うんだ」
「なら日向穂琉三に相談でもすればいいんじゃねえか」
「駄目だよ。だってこの心は、きっと周りをも黒く染めてしまうから」
「早めの相談なら大丈夫だろ」
「そうだね……。でも一番の理由は、私が日向くんにこんな心を持っていることを知られたくないから……かな」
奈落魔宵の中には闇がある。
「でもさ、ミタマだけは私の黒い心も知っていてね。もし私が闇に落ちた時、助けてほしいから」
「それこそ日向穂琉三の方が良いだろ」
「……そうだね」
奈落は遠くを見つめる。
間もなく学園は異世界と接続する。
多くのモンスターが学園中に跋扈する。
「あの日以来、私は一度もディアボロスを召喚していない。でもなんでだろう。今日だけは少し、冒険したくなっちゃった」
奈落は手を組み、祈る。
やがて彼女が召喚した悪魔は──
「お願い。〈闇龍の悪魔〉」
闇の悪魔が学園で咆哮する。
その轟きに、少女はうっすらと微笑を浮かべて。