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第七十三話


 日本語で書かれた手紙の差出人が分からず、悶々とした日々を送っていた私に、またしても手紙が送られてしまった。

 今回も私の気付かぬうちに制服のポケットに手紙を滑り込ませる形で。


「ポケットに紙が入れられたなら気付きなさいよ、私!」


 『私』は生まれてから死ぬまでずっと平和な日本で暮らしていたため、平和ボケをしているのかもしれない。

 こんなに無防備では、一人で町を歩いた瞬間にスリの餌食だ。


「今度は何が書いてあるのよ。また悪戯だったら許さないんだから」


 私は折りたたまれた紙を丁寧に広げた。



『 親愛なるローズ・ナミュリー様


  先日は試すような真似をして申し訳ありませんでした。

  しかしその結果として、あなたが日本語を読めることを確認いたしました。

  つきましては、手紙が誰かに閲覧されても問題無いよう、日本語を暗号代わりに使用させて頂きます。


  実はあなたに会っていただきたい者がおります。

  その者は、きっとあなたが会いたいと思っている者でもあると思います。


  今夜九時、厩舎の奥のウサギ小屋まで、お一人でお越しください。

  なお、大変勝手なお願いですが、この件はご内密にお願いします。 』



 手紙を読んでから溜息を吐いた。あまりにも急なお誘いだ。


「今夜って、私が手紙に気付かなかったらどうするつもりだったのよ……えっ、この手紙が入れられたのは今日よね!?」


 たぶん、今日のはずだ。

 手紙が入れられていたら、制服を脱ぐ際に気付くだろうから。

 今日だって制服を脱いだ際に手紙の存在に気付いたのだから。


「まったく。貴族の令嬢を、夜にひとけの無い場所に呼び出すなんて。行くわけがないじゃない」


 行くわけがない…………普通なら。


「また差出人の名前が書かれていないけれど、分かったわ。十中八九、差出人はセオね」


 厩舎の奥にあるウサギ小屋の存在を知っている者は、ほとんどいない。

 さらに厩舎の鍵を自由に持ち出すことが出来る者も、ほとんどいない。

 しかしセオだけは、両方に当てはまっている。


 そして、原作ゲームでもセオを攻略していると、夜にウサギ小屋で逢瀬を重ねるイベントがある。


「原作の知識が全く役立たないと思っていたら、変なところで活きたわね」


 私は手紙を部屋着のポケットにしまうと、急いで夕食とシャワーを済ませ、ローブを羽織ってジェーンの部屋を目指した。

 一階にあるジェーンの部屋の窓から外に出るために、交渉をしなくては。



   *   *   *



 私の外出を止めようとするジェーンを説得している間に夜になってしまったが、なんとかなだめて外に出ることに成功した。

 心配しなくても私が『死よりの者』に襲われることはないし、これから会うのは攻略対象であるセオのため、危害を加えられる可能性は極めて低い。

 しかしどちらもジェーンに話すことの出来る内容ではないので「この学園には結界が張られている上に、万が一悪い生徒に襲われても私なら魔法で応戦できる」と言っておいた。

 その結果、ジェーンは非常に不安そうな顔をしていたものの、部屋の窓を開けてくれた。


 私は誰にも見つからないように、建物の影を歩きながら厩舎へと向かった。

 予想通り、厩舎の鍵は開いていた。


「これが罠だったら、飛んで火にいる夏の虫状態ね」


 そんな独り言を呟きながら、厩舎の奥のウサギ小屋を目指す。

 そうして辿り着いたウサギ小屋では、これまた予想通り、セオが待っていた。

 ……待っていたというか、ウサギを撫でながらデレデレとしていた。


「こんばんは。夜に令嬢をひとけの無い場所に呼び出すなんて、イケナイ用務員さんですね」


 私が来たことに気付いたセオは、芸術的なほどのお辞儀を見せてくれた。


「ローズ様。この度はご足労いただき誠にありがとうございます」


「それで、ここまでして隠したかった要件とは何ですか?」


 セオが私をここに呼び出したのは、ゲームをシナリオ通りに進めようとする強制力によるものかもしれない。

 けれど、日本語を暗号代わりにして手紙を書いたのは……あれ。これもゲームの強制力なのだろうか。

 ローズルートをプレイしていないからイマイチ分からない。

 果たしてゲームの強制力は存在するのだろうか。


「ローズ様は、何も言わず、自分についてくることは出来ますか?」


 そう言いながら、セオが地面に向かって手をかざすと、小さな魔法陣が出現した。

 魔法陣は、セオの魔力を受けて青色に光っている。

 あの模様は原作ゲームで何度か見た記憶がある。転移魔法陣だ。


「どこへ行くつもりですか?」


「転移先は学園の外の森の中です。この魔法陣は、自分が学園と王宮を往復する際に使用しているものです。外出許可を取っている余裕の無い緊急時のみとされていますがね」


「……申し訳ないけれど、さすがに何も言わずに学園の外について行くほどには、あなたとの関係性を築けてはいません。それにあなたは、強いわけでもないでしょう?」


 これがただの乙女ゲームなら、学園外での夜のデートが繰り広げられるのだろうが、そこまで楽観的にはなれない。

 結界の張ってある学園内なら、悪人と出会う可能性は低い。

 しかし転移する先は、結界の外だ。

 セオが私を罠にハメようとしていて、仲間を待機させているかもしれない。


 セオが罠を張っているわけではなかった場合でも、セオとは関係のない暴漢に襲われる可能性もある。

 その場合、戦闘が得意ではないセオは、全く戦力にならない。


「もし自分が悪いことをしようと考えているのなら、わざわざローズ様に、学園外に転移することは伝えませんよ」


「あなたが潔白なら、要件くらいは言ってください。私を学園外に連れて行って何がしたいんですか」


「……ここでは話すことの出来ない話をして、ここでは会うことの出来ない者に会ってほしいだけです」


「だからそれを教えてって言ってるんです」


 私の言葉を聞いたセオは、困ったような顔をした。


「ローズ様は聡明な方だと思っておりましたが、本当に分からないのですか? それとも、分からないフリをされているのですか?」





お久しぶりの更新になってしまい申し訳ありません。

これより第五章の投稿を開始します。

しばらくは週2回、月曜日と木曜日の17:30の更新となります。

お暇でしたら読んでやってくださいな^^


※次回更新は、5月23日(木)予定です。


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