第九十四話
話がまとまったと思ったところで、セオがおずおずと切り出した。
「ローズ様、自分はどうしたらいいでしょうか。自分も廊下で待機していればよろしいのでしょうか」
セオの目の下には深いくまが刻まれている。
ここまで公爵令嬢でありエドアルド王子の婚約者である私を警護していたため、常に気を張っていて疲れているのだろう。
私は片手をあげると、廊下を歩いていた使用人を呼び寄せた。
「彼をベッドのある部屋に案内してちょうだい。徹夜で私の警護をしてくれていたから、彼は寝ていないの」
「いえ、お二人を残して自分だけで寝るなんてあり得ません」
すぐにセオが、私の提案はとんでもないことだと全力で拒否してきた。
しかし廊下で待っていても、ただ時間を無駄にするだけだ。
それならその時間を有効活用してほしい。
「やることが終わったら、私もミゲルもすぐに寝ます。だからセオさんは先に寝ておいてください。そんな疲れ果てた様子では、帰りの警護を安心して任せられませんから」
「ですが……」
「これは決定事項です。それと」
私に深々と了承のお辞儀をする使用人に、追加の指示を加える。
「この子の部屋も用意しておいて。少ししたらこの子にも寝てもらうつもりだから」
「え? おれは元気だけど?」
私に指差されたミゲルがきょとんとした顔をした。
私は、ペリカン型の『死よりの者』ののど袋の中でぐっすり眠って元気いっぱいな様子のミゲルに近付くと、耳元で囁いた。
「あなたが一人で起きていると、きっと質問攻めにされるわ。大変な思いをすることになると思うけど、それでも平気?」
「あー……なんだかおれも、急に旅の疲れが出てきたかも」
速攻で意見を変えたミゲルは、わざとらしいあくびをしてみせた。
「ということで、みんな指示通りに動いてね。ではお父様、早くお母様のところへ行きましょう」
「ああ。今は寝ているから、静かにな」
公爵はゆっくりと公爵夫人の部屋へと続くドアを開けた。
部屋の中は病人が寝ているにしては、空気が澄んでいるような気がした。
きっと使用人が頻繁に窓を開けて、部屋の中に新鮮な空気を通しているのだろう。
公爵の言う通り、公爵夫人はベッドで眠っているようだった。
規則的な寝息が聞こえる。
恐る恐る近付くと、公爵夫人は一目で病気だと分かる顔色をしていた。
「お母様……」
「さあローズ。私とお前とこの子の三人になったら、この子が誰なのか教えてくれるのだろう?」
「はい。この子はミゲル。治癒魔法の使い手です」
ミゲルは自分のことを見つめた公爵に、ぺこりとお辞儀をした。
「こんなに小さな子が? しかし治癒魔法使いはこれまでにも何人も訪れ、そしてそのすべてが失敗に終わった」
「お母様はそんなに酷い病気なのですか?」
「実は複数の医者に余命宣告もされている。一年以内だそうだ」
公爵が歯を食いしばりながら答えた。
公爵夫人を治療するために、何人もの医者と治癒魔法使いを呼んだようだ。
しかしその結果は、芳しくなかったらしい。
「ミゲル、お母様の病状はどうなの?」
「おれは病気に関しては分からねえ。治癒魔法が勝手に治してくれるだけだ」
何と都合の良い魔法だろう。
これでは医者は仕事を失ってしまう。
「ローズ。本当にこの子に任せても平気なのか? これまでに来た治癒魔法使いは全員、魔法で病状を把握してからそれに適した治癒魔法を使っていたようだが」
「……だそうだけど。どうなの、ミゲル? 病気に関して理解しなくても大丈夫なの?」
「多分だけど、そいつらは治癒魔法が弱いんだ。だから身体を診察する魔法を使って病状を把握してから、患部をピンポイントで治癒させる魔法を使う。でもおれの治癒魔法なら、治癒魔法自体が勝手に診察をして治癒までしてくれる。要は魔法を細かく使い分けるんじゃなくて、全部を自動で行なう強力な魔法を使うんだ」
そういえば『死よりの者』は、ミゲルには最大限に魔力が溜まっているから、死んだ後は『死よりの者』の世界に飛ばされると言っていた。
つまりミゲルは、そこら辺の治癒魔法使いとはレベルが違うのだ。
「お父様、安心してください。この子は最強の治癒魔法使いなのです。最強すぎるあまり、普段は治癒魔法使いであることを隠しているくらいなのですから。治癒魔法を悪い大人に利用されないように。ミゲルにお願いをしても良いですよね、お父様?」
公爵は複雑そうな顔をしつつも、私の言葉に頷いた。
「今は藁にもすがりたい状況だ。少しでも可能性があるのなら、その可能性に賭けたい」
私が合図をすると、ミゲルが公爵夫人の前に立った。
そして公爵夫人の身体の前に手をかざすと、治癒魔法を使用した。
中途半端なところですが、新人賞用の原稿執筆のため、しばらく休載します。




