第九十三話
「ここからは歩いて行きましょう。屋敷へは、もう徒歩で行ける距離です」
しばらく移動した後『死よりの者』は、とある林の中に着地をした。
セオの家の『死よりの者』から下りて、蜂型から荷物を受け取ると、熟睡中のミゲルを起こした。
「んー? もう着いたのか?」
「あと少しよ。ここからは歩いて屋敷へ向かうの」
「ミゲル君も歩きながら目を覚ましましょうね。ローズ様の実家であるお屋敷は、眠気まなこで訪ねるような場所ではありませんから」
私たちは『死よりの者』と別れ、町へと歩き出した。
そしてついに、ローズの暮らしていた屋敷に到着した。
「うっわあー! 想像の十倍はデカい屋敷だ。あんた、すっごい金持ちだったんだな!」
「私も同じことを思ったわ」
「はあ? ここ、あんたの実家なんだろ?」
「……物心がついて屋敷の大きさを知った頃の話よ」
原作ゲームではローズの屋敷は出てこなかった……少なくともウェンディルートでは出てこなかったため、こんなに大きな屋敷だとは知らなかった。
公爵家なのだから当然かもしれないが、毎日の掃除が大変そうだ。
屋敷にはいったい何人の使用人がいるのだろう。
「ローズお嬢様!? どうして屋敷にいらっしゃるのですか!?」
掃除をしていた使用人のうちの一人、若い使用人に指導をしていたベテラン風の使用人が、私たちの存在に気付いて近寄ってきた。
「お母様が倒れたと聞いて駆けつけたのよ。娘なんだから当然じゃない」
「そっ、それはそうですが……」
「いいから屋敷に入れてちょうだい。一刻も早くお母様に会いたいのよ」
私の意見に逆らえるはずもなく、使用人は急いで私たち三人を屋敷の中へと案内した。
服を着替えたことが功を奏したのか、孤児であるミゲルも門前払いはされなかった。
「ローズ!?」
ローズの母である公爵夫人の部屋の前まで来ると、部屋の中から公爵が出てきた。
「どうしてお父様まで驚いているのですか。お母様が倒れたのに、娘の私が駆け付けるのが、そんなにおかしいことでしょうか」
「いや、学園からここまでは急いでも馬車で五日はかかるはずだろう。それなのにこんな短時間で屋敷に来るとは思わなかった」
「そっ、それは……」
先程の使用人が動揺していたのもこれが原因だろうか。
どう言って誤魔化そうかと考えていると、私の後ろに控えていたセオが口を開いた。
「おそれながら申し上げます。実は王宮の専用馬車は、普通の馬車と速度が全く違うのです。馬車を引く馬に特殊な強化魔法が掛かっておりますので。この度は義母になる予定である公爵夫人の緊急事態ということで、エドアルド王子殿下が王宮専用の馬車を手配してくださったのです」
「君は、確か……」
「今はエドアルド王子殿下の通うハーマナス学園で、用務員として勤務をしております」
公爵はエドアルド王子の側近であるセオのことを知っているのかもしれない。
セオは公爵がセオの正体を言う前に、自分の現状を説明した。
「セオさんのことは一旦置いておいて。お父様、お願いです。お母様に会わせてください」
「あ、ああ。それは構わないが、後ろの少年は?」
「私の知り合いです。この子も一緒にお母様のところへ行かせてください」
黙って私たちの会話を聞いていた使用人が、申し訳なさそうに告げた。
「ローズお嬢様。見知らぬ少年を病臥の奥様のもとへ案内することは出来ません」
「でも、この子は……」
理由を話してミゲルを公爵夫人のもとへ連れて行きたいが、軽率にミゲルが治癒魔法を使えると言い触らすと、ミゲルから「簡単に秘密を暴露するような相手のために治癒魔法は使わない」と言われる可能性がある。
それだけは避けたい。
「理由があるんです。お願いします」
私は治癒魔法のことを告げる代わりに、公爵の手を握って懇願した。
「しかしだな、ローズ」
「それならお父様も一緒に部屋に入ってください。ミゲルが信用できないのなら、隣でミゲルを見張っていればいいのです。ミゲルもそれで良いわよね?」
私に同意を求められたミゲルは、複雑そうな顔をした。
「おれとしては、他の人にあのことが知られるのは避けたいんだけど……そういうわけにはいかねえんだよな?」
「ええ。ごめんなさいね」
「…………じゃあ、あんたの父親だけならいいよ」
治癒能力のことを知られるのは嫌だろうに、ミゲルは承諾してくれた。
あとは私が公爵に、この方向で話を通すのみだ。
「念のため、私も同席してよろしいでしょうか?」
傍に控えていた使用人が切り出した。
こんな提案をするなんて、この使用人は、使用人の中ではそれなりに偉い立場なのかもしれない。
「部屋に入るのはお父様と私とミゲルだけです。お父様、そうしてくださるでしょう? 三人になったら事情も話します」
「う、うーむ」
「過去、私がこんなにお願いをしたことがありましたか? お願いです、どうしてもミゲルをお母様のもとへ連れて行きたいのです!」
もう一押しだと見た私は、目に涙を溜めて懇願した。
今まで気付かなかったが、私は意外と演技派なのかもしれない。
「……分かった。ローズの願いを聞き届けることにする」
「公爵様!? 誰なのかもよく分からない少年を奥様の部屋へ入れるなんて、危険です!」
公爵の決定を聞いた使用人が、焦ったように言った。
これに対して公爵は、静かだが低く威圧感のある声を出した。
「私が決めたことに意見するとは、ずいぶんと偉くなったものだな」
「もっ、申し訳ございません!」
深々と頭を下げる使用人の肩を、公爵が軽く叩いた。
「そんなに心配ならドアの外で待っていればいいだろう。少年が悪さをして逃げ出すようなら、ドアを出たところで捕まえればいい」
「承知いたしました」




