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第九十二話


 私たちは『死よりの者』に乗っての移動を続け、あと数時間で屋敷に到着するところまで来た。

 途中、大きなトラブルも無く、拍子抜けするほどに平和な旅だった。


 今日もミゲルはペリカン型の『死よりの者』ののど袋の中でぐっすり眠っている。

 考えてみると、ミゲルくらいの年齢の子どもに、昼夜逆転生活は難しかったのかもしれない。


 現在は、ミゲルがペリカン型ののど袋の中、セオと私がセオの家の『死よりの者』の上、荷物を蜂型の『死よりの者』が運搬する形を取っている。


「ローズ様が屋敷に戻ったら、きっと全員が驚くでしょうね」


「驚くでしょうけど、すぐに受け入れてくれると思います。母親が倒れたと聞いて娘が駆け付けるのは、おかしなことではありませんから」


「……ローズ様は変わりましたね。いえ、自分が実際に会ったのはローズ様が学園に入学されてからですが、聞いていた話とはだいぶ違う印象です」


 セオがまた、自分がエドアルド王子の側近だと判明しかねない発言をした。

 私が反応したことで、正体がバレないように取り繕われるのも面倒くさいので、セオの正体についてはスルーすることにする。


「セオさんは、私のことをどんな人物だと思っていたんですか? そしてそれはどう変わったのか、お伺いしても良いですか?」


「ローズ様は決して他人に心を開かない人物だと伺っておりました。知識欲が満たされる会話は行なうものの、それ以外には興味を示さないとか。美味しいお菓子を食べても、町での噂話をしても、ローズ様のことを褒めても貶しても、感情を動かすような様子は無いと」


 それはきっと本物のローズが感情を出さないようにしていたせいだ。

 そのせいで、周りからのローズの評価はこのようなものになるのだろう。


「まるで心の扉を閉ざしているようだと、エド……ごほん。仰る方がいらっしゃいました」


 ここで言う扉とは、『死よりの者』の世界の扉ではなく、比喩表現としての扉だろう。

 壁がある人とか、そういう類の表現だ。


「心の扉を閉ざす……ね」


 ローズは、この世界と『死よりの者』の世界が繋がる扉が開かないように、自身の感情を殺していた。

 心の扉を閉ざすという表現は、言い得て妙だ。

 ローズ自身も言っていたが、ローズは意識して心の扉を閉じていた。

 そしてそのことを、悲しいことだと考えているようだった。


「ですが、学園で実際に会ったローズ様は、心の扉を開けているように見えました。彼も、学園に入学したローズ様が変わったと仰っていました。今のローズ様は、昔と違って心の扉を開けていると」


 だって『私』は本物のローズに、「扉を開けて」と言われたから。

 悲しい運命を辿ったローズに、嫌がらせもあっただろうけど私を救ってくれたローズに、私がしてあげられることはローズの言葉を実現させることだけ。


 心の扉を開けて、誰よりも自由に生きるローズ・ナミュリーになる。


 だから、前の世界では一人で思いつめて自殺をしてしまった私だけど、この世界でローズとなった今、心の扉を開けようと奮闘している。


「……ローズ様。心の扉を開けるのは良いことだと、自分は思います。ですが、こうも思うのです。扉はあくまでも扉なのだと」


 後ろをちらりと確認すると、セオは遠くを見ていた。

 セオの目線の先、空は少しずつ明るくなっており、『死よりの者』での移動が難しくなってくる時間帯を示していた。


「扉はあくまでも扉って、どういうことですか?」


 言葉の意味が分からず、今度はしっかりと振り返って後ろに座るセオを見ると、セオにふわっと優しく微笑まれた。


「扉を開けっ放しにする必要はありません。必要に応じて、開けたり閉めたりして良いんですよ。扉を開け続けることだけが正解とは限りません。全てをさらけ出すことが、必ずしも正解ではありません。時には扉を閉めて自分を守ることも大切です」


「扉を開け続けるのは良くないことだということですか?」


「自衛はしてください、ということです。世の中には、扉が開いているからと、部屋の中を踏み荒らしに来る悪者もいますので。誰にでも扉を開けるのではなく、そういう人相手の場合は閉めた方が良いです。それに自分をさらけ出すことが苦しくなったときも、閉めて良いんです」


 心の扉を開けた方が良いというようなことは、前の世界でもよく言われていた。

 だからこのセオの言葉は目から鱗かもしれない。


「それに、時には事実や本心を言わないことで、相手を悲劇から守ることも出来るんですよ。まれなことではありますけどね」


「難しいですね」


「難しいのが人生です。でも、難しく考え過ぎる必要が無いのもまた、人生です」


 実際に大人だから当然かもしれないが、セオは他の攻略対象と比べてとても大人びている。


「いつでも閉められるからこそ、気軽に扉を開けることが出来るのだと、自分は思います」


 もしかして私は難しく考え過ぎだったのだろうか。

 心の扉を開けないと、と覚悟をしすぎだったのだろうか。

 心の扉というのはもっと気楽に開け閉めをして良いものだったのかもしれない。

 だって壁ではなく、開け閉めが考慮された設計の『扉』なのだから。



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