○≧≫7≪≦● 【状況再現とその観察】
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「……その状況再現できる?」
そう、オレが言うと紡はベッドから立ち上がり勉強机の椅子に座る。小学校のころから紡が使っている、机の横のハンドルを回すと高さが調節できる木の机である。
「『ヒマね』……」
椅子に座った途端に、紡が突然つぶやいた。
『その状況を再現』しろとは言ったが、まさかセリフ付きとは……。
紡は机に座って左手で頬杖をつき部屋の窓の外を眺めながら、黙ったまま右手だけで手遊びを始めた。その視線は窓の外のオレの部屋の方をぼんやりと見ている。
オレは座っていた床の上から立ち上がり、手に持っていた麦茶入りの小さなガラスコップを紡の机の端に置いて、辛抱強くその様子を観察する。幼い頃からこいつ(紡)に振り回されているオレには『紡の行動を大人しく待つ』という条件反射のようなものがいつの間にか体に染み付いていた。
唇に人差し指の指先をつけて、えーと…なんだっけ…とか言いながら紡はさっき起こったことを正確に思い出そうとする。そこまで正確さ求めてない…とオレは思ったが口には出さない。
辛抱強く腕を組み、オレは紡の様子を観察する。
「『えいっ』!」
また自分の状況再現にセリフを付けながら紡は、おもむろに右手と左手で『キツネさん』を作り二匹に『チュー』をさせる。すると、紡は椅子の上の空間から忽然と消えた。
立ったまま観察を続けるオレは、紡がいるであろう椅子の背もたれの後ろに自分の手のひらを向ける。見えないが、オレの手のひらに紡の体温の感触があった。
どうやら紡は、光を遮断して体と身に着けている物を透明化できるだけのようだ。透明化した後も、紡の『肉体』と『その熱』はその場にあり続けている。
「ヴァニラ・アイスじゃなくてアクトン・ベイビーの方か…」
オレの好きな聖典の記述を元に、オレはオレなりに分かりやすいように解釈する。
オレは「……続けて」と透明な紡に顎をしゃくって合図を出す。
「……『あれ、わたし消えてる』?」
またセリフ付きで紡が状況再現を再開した。
紡の勉強机に置かれていた小さなスタンドミラーが揺れる。多分、透明化した紡がオレに分かりやすいように、指でつんつんしているのだろう。変なとこ芸細な奴だ。
鏡の表面を見ても紡の姿は映っていない。
突然、パッとオレの目の前の椅子の上に、紡の姿が出現した。その両手は『キツネさん』の形のままだったが、『チュー』はさせていない。
戸惑ったような演技で紡がつぶやく。
「……『なにこれ』?」
オレは椅子の後ろに立って腕を組み、辛抱強く紡の観察を続ける。
「……『なにこれ』?」
もう一度同じセリフを言った紡は、また両手の『キツネさん』にお互い『チュー』をさせる。紡が忽然と消える。
またすぐ出現する。現れた紡は両手を『キツネさん』にしたまま『チュー』はさせていない。
また紡は、両手の『キツネさん』に『チュー』をさせる。紡がまた忽然と消える。
オレは椅子の後ろに立って腕を組み、辛抱強く紡の観察を続ける。
紡は消えるときも現れるときも『少しの時間差もなく、紡の全身が同時に、着ている服ごと』忽然と消え、また突然現れている。
そして、現れたり消えたりを何度も繰り返した紡はおもむろにこう言った。
「……『そうだ、健太郎に見せてみよう』!」
姿を現した紡はそうつぶやくと、部屋の窓に向かい「ガチャッ…」っと口に出して窓を開ける仕草をしたあとで、オレの方を振り向いた。
「……こんな感じだったわ、たしか」
紡は真剣な表情をしている。
「そうか……」
窓枠に手をつき、オレを見つめる紡の真っ直ぐな眼差しを正面から受け止めたオレは、腕を組み真剣な表情で頷きを返した。
…To Be Continued.⇒8
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