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ミニーの靴下  作者:
第一部 新しい家族
7/7

マリアお嬢さんの成長

 

 私はダレナ。今年で42歳。

 マリアお嬢さんのお世話係になって8年目のベテランだ。


 代々うちは、このお屋敷の奴隷なんだよ。由緒あるこのお屋敷で勤められるのは、親のおかげだね。もう亡くなっちゃったけど、うちのお父さんは旦那さまのお姉さんのお世話係をしてたんだよ。凄いだろう?

 お姉さんには、私も一緒によく遊んでいただいてね。今は嫁いでいないけど、素敵な人だったよ。


 それから大人になって、マリアお嬢さんが産まれるまでは、旦那さまと奥さまのお部屋掃除を担当していたんだけどね。

 いつだったか、給仕担当だったザシャの娘を私と同じ現場に入れるって話が出たんだよ。当然、私がザシャの娘を教えることになったんだけどさ。その子はまあ、かなり覚えが悪かったんだ。

 でも、そんなことは仕方ないじゃないか。それぞれ得意なものが違うんだ。しばらくは、きちんと覚えられるようにあの手この手を考えて、何度も教える毎日さ。


 そしたらね、それをたまたま見たのかね?奥さまから声を掛けられてさ。『細かいとこまで気が付く』とか『教え方が上手い』とかって言われてね。

 そりゃあもう嬉しかったんだけどさ、気付いたら、やったことも無いのに赤ちゃんのお世話係になってたんだよ。


 マリアお嬢さんは大人しい子だから大変なことは無かったし、私も喜んで引き受けたけどさ。面白い話だろう?この前までシーツ取り替えてた女が急に赤ちゃんのお世話だよ。


 そりゃあ最初は戸惑うことも多くてね、旦那さまが結婚されるまでの間ずっとお世話係をしてたユラギさんに色々と教えてもらったり、色んな人に助けてもらったよ。


 そうそう。マリアお嬢さんはね、本っ当に可愛かったんだよ〜。薄い紫とも灰色とも言えないふわふわした髪の毛に、くりくりっとした同じ色の瞳。

 こっちが近づくと、にこぉっと笑ってくれる可愛い赤ちゃんだったんだ。何を渡しても受け取るし、何を取っても笑ってるし、本当に手が掛からないって印象だね。


 まあ大きくなるにつれてさ、ふらふらっと、どこかに行っちまうようになったんだけどね。こっちも迷子にならないように目を離せないな、と思っていつも引っ付いてたよ。

 それでね、ここ行くよ、次はここだよって言う度に、私の後ろをチョコチョコと付いてくるのが可愛かったんだ。


 そういえばさ、少し前の朝。支度をしようとマリアお嬢さんの部屋に行ったら、誰もいなくてね。


 肝が冷えたよ〜。


 あん時のことを思い出すと、今でもぷるぷるっと震えがくるね。…で、やっとの思いで見つけたら、籠いっぱいにパラプの実を持って帰ってきてるじゃないか。

 1人で山の畑に行くなんて危ないこと、何か起きてからじゃ遅いんだって、言おうと思ってたんだけどさ。


「お父さんとジャンニに、食べてもらいたいの。…いつも、お仕事頑張ってるから。」


 なんて、それは恥ずかしそうに言うもんだ。もう、私は何も言えなかったよ。


「きっと、喜んでくれますね。」


 としか、ね。


 結局、採れたてのパラプを三人揃ってそのまんま食べてたみたいで、あんなことにはなりましたがね。まさか、あんなに熱を出すとは思ってなかったし、マリアお嬢さんが生きててくれて、本当に良かったよ。

 マリアお嬢さんはね、これから、どーんっ!と幸せになんなきゃいけない子なんだよ。


 マリアお嬢さんはあれでも、結構可哀想な子でね。

 エルミニオ坊ちゃんがすぐ下に産まれたから、奥さまもほとんど一緒にいられなかっただろう?


 それなのにさ。ちょうどその頃に、奥さまのお父さんが倒れたって連絡があってね。すぐに奥さまが旦那さまにお願いして、産まれたばかりのエルミニオ坊ちゃんを連れて二人で里帰りをなさったんだ。

 次に帰ってきたのはフィオレお嬢さんを授かる前だから、2年半?あれ、1年半だったかね。…やだね、計算が出来なくてさ。まあ、そんなくらいも経ってからだったよ。


 その後はその後で、フィオレお嬢さんの子育てだ。結局マリアお嬢さんだけが、殆ど母親の愛情をもらうことが無いまま育っちゃったんだよ。そのおかげかね、笑うことが少ない子になっちまって。 


 そんな子がさ、お父さんとお兄ちゃんに美味しいもの食べてもらいたいなんて。泣かせるじゃないか。





「ダレナ、お母さんって何が好きなの?」

「奥さまですか?どうですかね、一緒に聞きに行ってみますか?」

「あ、ううん。お母さんは忙しいから…。ちょっと気になっただけなの。聞きに行かなくて、いいよ。」

「そうですか。…たしか、最近あの風呂施設に出来たオイルマッサージが気持ち良かったって言ってたらしいですけどね。香油が気にいらなかったみたいですから、好きってのとは違いますかね?」

「そっか。お母さんはマッサージが好きなんだね。ダレナも好き?」

「私はやってもらったことがないんで、どうでしょうね?マリアお嬢さんも今度やってもらいますか?」

「うん!やってみたい!」


 そんな風に話したこともあったね。結局、旦那さまがまだ早いって言うんで出来なかったけどさ。母親の好きなものすら直接聞けないなんて、なんだか悲しいよね。


 だってね、奥さまの代わりはいないんだよ?家族なんだから、もう少し関わって欲しいもんだよね。


 私かい?私は、一応立場があるからね。してあげたくっても、出来ないことはあるさ。


 ちょっと前にトイレでもさ、なんだか困ってるような声が聞こえてきたんだけどね。勝手にドアを開けて入ることは出来ないだろう?

 いくら子どもって言ってもね、そこら辺にいる近所の子とは違うんだ。待つことしか出来なかったよ。


 ん?そういえば、あの時は、なんでマジョの話になったんだっけ?


「あの子たちって、どうやって生きているの?」


 …ああ。マリアお嬢さんにそう聞かれたんだったね。

 ようやく周りが見えてくる年頃なんだかね。この頃、やけに色々と聞いてくるようになったんだよ。花の名前、薬のこと、奴隷の名前やその役割なんかも細かくね。


 そうそう。昨日もね、食器のことをあれこれ聞いてきてさ。素材の名前なんか聞いてどうするのかね?あとは食べ方さ!驚いたね。「ねぇ、なんでごはんを手掴みで食べるの?」なんて聞いてくるんだから。


「スプーンと同じように、ナイフとか『フォーク』とか『箸』を使ってはいけないの?手が汚れるのも、毎回フィンガーボウルを使うのも面倒なんだよね。」

「???ナイフの後は、なんて言ったんですかい?ふおーく?」

「フォークね。」

「…まあ、よく分からないですけど、王様がお決めになったみたいですよ。ナイフとか尖った物をテーブルに置くのはダメだって。」

「えぇぇっ!じゃあ、ずっとこのまま?何か方法はないかな?」

「どうでしょうね?使う物は尖ってなければ良いんでしょうけどね。」


 そんな話で色々と盛り上がったんだよ。今までは、ご家族の話を聞いてくるとか、お勉強した内容を話してくるとかが多かったからさ。マリアお嬢さんの頭の中に、こんなにたくさんの知りたいことが詰まってるとは思ってなくてね。


 まあ、なんでも知りたいのは分かるけど、『生理』について聞いて来た時は驚いたよ。さすがにまだその年じゃないしね、二軒隣のノアさんに聞いたって言ってたんだけど、…本当かね?

 ノアさんとマリアお嬢さんは、あんまり仲が良い感じじゃないんだよ。どっちかって言うとマリアお嬢さんの方がノアさんを避けてて、今まで会話なんて会話、してなかったと思うんだけどね。おかしいだろう?


 あ、そうだ。おかしいと言えば先週もね、マリアお嬢さんの熱が下がって最初のお勉強の日さ。一回目の休憩で、トイレに行きたいって言われたんだけどね。


 歩いてる時に、いきなり「この紙は何で出来てるの?どうやって作るの?」なんて聞いてきたんだよ。


 正直、まいったね。だって考えても見てくれよ。殆ど一日中マリアお嬢さんと一緒にいる私が、紙の作り方なんて知るわけがないだろう?


「私には分からないんで、お勉強が終わったらクラーク先生に聞いてみてもらえませんか?」

「えっ!…ああ。じゃあ、また今度聞いてみるよ。」

「すいませんね、私は奴隷なんで、放浪されてたとは言え、お貴族様には流石に質問は出来ないんです。」

「え?クラーク先生はお貴族様なの?」

「もちろん、そうですよ。名前の後ろに姓があるじゃないですか。」


 クラーク先生が好意で教えてくれるようになって、もう3年が経つんだ。間違いなく自己紹介も受けているはずだけどね。まあ、5歳だったマリアお嬢さんが覚えてなくても無理はないかと思ってさ。驚いた顔のままトイレに向かうお嬢さんに、色々と話すことにしたんだ。


「クラーク先生は3年前にね、旅をしていたそうですよ。途中で、頼んだ護衛に逃げられたんだって言ってましたね。それで、この裏にある山で彷徨っているところを旦那さまがお助けなさったんですよ。」

「そうなんだ。クラーク先生はどこから来たの?」

「さあ。色んな土地を回って、誰かを探しているみたいなことは聞きましたけどね。さっきも言いましたけど、奴隷はお貴族様と直接お話をすることは出来ないんですよ。」


「ん?ってことは、私は貴族じゃないの?」


 突拍子もない質問にまた驚かされて、思わず笑ってしまう。


「マリアお嬢さんですかい?あはは。たしかに、姓もありますもんね。」

「うん。」


 吹き出した私を見て、マリアお嬢さんは手をパタパタ振りながら話しを続けてくる。


「だ、っ…だって、私はダレナと沢山お話ししてるじゃない?クラーク先生とは話せないのに、」

「あぁ。まぁそうですけど、そりゃあ、マリアお嬢さんはジェントリの娘でお貴族様とはまた違うもんですから。」

「ジェントリ?」


 マリアお嬢さんがきょとんとした表情をすると、その中心にある薄い紫色の瞳がキラキラと揺れて見えた。


「そうですよ。たしかに、旦那さまはこの広大な土地を所有してる地主で、有力な名士ではありますけどね。称号もなく、貴族院議員の資格もないんじゃ、貴族とは名乗れないんですよ。」

「あ、…そうなんだ。」


 なんだか、ガッカリさせちゃったかと思ったんだけどね。まさか、マリアお嬢さんが自分をお貴族様だと思ってたなんて、びっくりしてつい説明に熱が入っちゃったよ。


「貴族になるには、何をすればいいの?」

「さあ、私には関係ないことだから、気にしたことがないんですよね。旦那さまに今度聞いてみましょうか。」

「そっか。そうだよね。うん、じゃあ今度ね。ダレナありがとう。」


 そう言うと、マリアお嬢さんは大して気にもしてなさそうな表情でトイレに入っていったんだ。


 私は自分に子どもが居る訳じゃないからね、どんな風に育つのかなんて、よく分からないんだよ。ただ、この1、2週間で、ユラギさんが教えてくれたことが分かったような気がするよ。子どもの成長は、()()()()()()()()()()()()()()()ってね。


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