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その一 古いラジオ

一、


 その小さなラジオがボクの手元へ転がり込んできたのは九月の上旬、大伯父の一回忌の集まりの時だった。どうしたわけか、大叔母がボクへ「あなた、昔これを欲しがってたのよ」と、わざわざ祖父の書斎の方から、重たいそれを運んできてくれた。なんでも戦前に、商店を営んでいた曾祖父が、海外土産にと大伯父へ買ってきた、大変高価な代物なのだという。

「ずいぶん重たいな……」

 大工の持っている工具箱を二回りほど大きくしたような、きれいなツヤを帯びたベークライトの筐体のラジオ。驚くことに、部品の手入れがきちんとされているおかげで、コンセントから電源を取ると放送を聞くことができた。これもまた、持ち主だった大伯父が戦前からのラジオっ子で、定年まである電機メーカーの技術者をしているおかげだろう。

「おじいちゃんの形見分けね。もらっていったら?」

「せっかくだからもらっていけよ。東京のアパートには無理でも、家にぐらいはおいておけるだろうし」

「――それもそう、だね」

 同行していた両親、とくに父親にすすめられる形で、どうにか車のトランクへラジオを押し込み、そのまま祖母の家を後にした。ほかの親戚縁者を送ったあとだったから、ずいぶんと遅い時間になっていた。例のラジオを自分の部屋へ置くと、シャワーを浴びる気力もわかず、疲れて眠り込んでしまった。おかげで翌朝、母親に叱られたのはまた別の話だけれど――。

「――へーえ、そんなに珍しいものを手に入れたの」

「まあね。戦前のラジオらしいんだけど、これがけーっこうおっきくてさ。まあ、割と音がいいから、結構便利だよ」

 大学生特有の長い夏休みと帰省をもてあまし、小学校からの幼馴染・陰山蛍と遊びに出ていたボクは、ひとやすみにと入った喫茶店で、数日前に手に入れた例のラジオのことを話した。というのは、蛍がたしか、骨董品店か何かでバイトをしていると思ったからなのだが、

「残念、わたしのバイト先は古本屋さんでした。真樹啓介っていう、若い人がやってるお店なんだけどね。この人物知りなんだよねぇ」

「あちゃー、間違えたか」

 うっかり仕事を間違えて覚えていたので、ボクは舌を出して照れ笑いをした。ひとまず、久しぶりの友人との雑談を楽しむと、ボクは実家へ近い路面電車へ飛び乗り、家に急いだ。

 夕食も済んで、あとは寝るばかりになると、ボクはベッドサイドの簡単な台に置いたラジオの電源を入れた。立ち上がりの遅い、真空管が入っているために、スイッチを入れてもすぐには音が聞こえてこない。その間、年代物のわりによく出来たラジオの表面を見ていたボクは、ふと、今まで気づかなかったあることに目が行った。

 大きな周波数の表示板の真上、ボリュームやそのほかいろいろの調整をする小さなツマミが三つ並んでいる一角に、うっすらと色の違うような素材で、穴を埋めた跡があるのだ。

「これと同じくらいのツマミでもあったのかな……」

 いまさらだが、均一に配置されるべきツマミが、ひどくバランスの悪い配置になっているようにも見える。

 だが、そんな疑問は聞こえ始めた番組の音にかき消されてしまった。

 親を起こさないようにそっとボリュームを絞ると、番組をぼんやりききながら穴らしいものの正体を考えていた。が、そのうちに昼間の疲れが手足にしみわたり出して、気が付けば、両方の瞼がとろんと落ちてしまっていた。


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