7◆顔合わせを終えて~ローレンスの一目惚れ
城の豪華な一室がアルゴンドラ辺境伯に用意されている。そこへ婚約者との初顔合わせを終えた彼が終始無言のまま戻ってきた。扉を開けると、今回一緒にやってきた主だった従者たちが揃っていた。全員体格がいい。
「ローレンス様、いかがでしたか!?」
「これほどの魔獣の毛皮は国中探したってありません!相手はメロメロだったのでは!」
魔獣の毛皮については、本当はどこかの貴族に売ろうと思って持ち込んだ品だった。縁談話が急に舞い降りてさてどうしたものかと思っていたら、新人騎士のトニーが「やっぱモテるには強く見えるのが一番っしょ」と言ったので、そういうものかと急遽自分で使うことになった。こういうことは若者の言うことを聞くに限る。
「…夢に見そうだ」
「は?」
ローレンスの言葉にその部屋にいた皆が黙る。
「あまりにも…可憐だ…」
「ローレンス様…それを言うなら『夢のように美しい』とかそういう言葉になるかと…」
一体どんな恐ろしい目に遭ったという言い草だ。選択する言葉が大変に残念である。
「本当に私はオディール嬢と結婚できるのか…明日になったら実は全部冗談だったと言われるんじゃないか…」
「そんなことされたら王都に攻め…」
「はいそこまで!ここは城内!!」
ローレンスの後ろからひょっこりを身を現した従者のラインハルトは、不穏な言葉を制止する。ラインハルトは成人男性の平均よりずいぶん小さい。ずんぐりとして愛嬌のある彼は、ローレンスの後ろにいると完全に隠れてしまい見えなくなる。
「ローレンス様は結婚相手に全く条件を出さないものだから、一体どんな相手が現れると思いきや、とびきり美しいお嬢さんだったよ。内気なのかな、あまり話はされなかったね。社交界にも出ていない深窓の令嬢だって言うからなぁ…」
「ほぉ~~~」
美しき深窓の令嬢、いい響きだ。そんな方が我らが主人であるローレンス様にお嫁入される。従者たちはそんなウキウキとした楽しい話題に花を咲かせているが、当の本人は上の空である。
ローレンスとて綺麗な女性に会ったことはある。見た目が美しい者も、その生き様が美しい者も。しかしこんなにも心臓を掴まれたかの如く、高く跳ね上がったのは初めてであった。一目で恋に落ちる物語は好んで読んでいるわけではないが、広く読まれているのは知っている。しかしまさか自分にそれが降りかかってくるとは思わなかった。
「オディール嬢はアルゴンドラ領に戻る際に一緒に連れて行けるんだろうか」
「男所帯で来てしまっておりますが、オディール様も侍女を連れて行かれるでしょう。このローレンス様直属の部隊と一緒に来るのが一番安全かと思いますので、そのようにお話をしようと思っております」
「うむ、では10日後だな。嫁入り道具は何も用意する必要はないと伝えてくれ。自分の手放せないものだけ持ってきてくれれば、あとは私が用意しよう」
その身一つで構わない、それが一番大切だ。彼女が来てさえくれれば。
可憐な花のようなオディール。
ローレンス・アルゴンドラ辺境伯は生まれて初めて浮ついていた。