5◆王妃の苦労と和やかな茶会
茶会の支度をすると言って残った王妃は国王にくるりと向き直る。
「あなた!結婚相手に会うって日にどうしてあの恰好を許したのですか!」
「いやあ、あの毛皮は魔獣の毛皮でそりゃあ高価なものだよ?しかも自分で討ち取ったらしい。強くて頼りがいがありそうに見えるじゃないか」
「…百歩譲ってそれは理解したとしましょう。あの髪は?なぜいつものままなのです?」
「顔の傷は知っているだろう。若い娘が見て恐ろしがったらどうするんだ」
「…わたくしが支度をするべきでしたわ」
王はアルゴンドラ辺境伯に良い縁談が来ない理由をきちんと理解をしていない。
確かに魔獣の住まう極寒の地において彼は逞しく頼りになるだろう。しかし今、ここは王都。決定とは言え今は見合いみたなものだ。何故もう少しそれなりの身なりにしてくれなかったのか。綺麗なお嬢さんに山男を当てがったなどと噂されチクチク言われるのは王ではなく王妃なのだ。そんな遠くもない未来に王妃は眩暈がする。
しかし山男の登場に怯みもせず、進んで挨拶をしたオディールという娘に王妃は感心する。
庭に目をやるとレイチェルが上手いこと犬で話題を振りまいている。雰囲気が悪くないことを確認し、王妃はメイドにアルゴンドラ産のお茶を入れるように指示をした。
「さあみなさん、王宮自慢のお菓子を召し上がってくださいな」
喜んで走り出すレイチェルに皆の顔が綻んだ。王妃は「よくやった」と心の中でガッツポーズをキメる。
「まあレイチェルったら…お行儀よくね。ロッテンバッハ伯爵、このお茶はアルゴンドラが産地でございましてよ」
「ほお、寒冷地なのに珍しい。お茶の栽培を始められたのですか?」
「まだ試験段階です。大量生産は難しいとは思うのですが、冬はどうしても物資が滞るので、自前で何が作れるかは一通り試してみようと思っているのです。これは栽培に成功した第一号で…」
ロッテンバッハ伯爵とアルゴンドラ辺境伯の話は続く。気の利いたことは言えないというアルゴンドラ辺境伯だが、仕事の話ならできるらしい。
「アルゴンドラ辺境伯、ロッテンバッハ伯爵のお嬢さんはどうですか?」
延々と仕事の話をしそうな雰囲気に王妃が軌道修正を掛ける。
「大変ありがたいことと存じます」
なんてつまらない回答だと思いながら王妃は笑顔で「そう」と答えた。噂通りの男である。ここでオディールにも話の水を向けたいところだが、山男について「どうですか」と聞くのが憚られる。どうって、どうもこうもない。山男である。妹の方などはやはり引いているらしく、チラチラとアルゴンドラ辺境伯を覗き見ている。当のオディールは薄い笑顔のまま優雅にお茶をしているので、やはり肚が座っていると思う。
「しかしロッテンバッハ伯爵、こんな綺麗な娘を舞踏会にも出さずに箱入りにしていたとはなぁ。姉妹でそれぞれ違う美しさだ」
国王はいい縁談が纏まったとご満悦だ。好物のクグロフを心置きなく楽しんでいる。
「恐縮でございます」
にこやかに応じるロッテンバッハ伯爵だが、いつオディールが喋りだすかと気が気じゃない。できればこのまま二人だけの時間など取らずに解散させてほしい。
アルゴンドラ辺境伯はオディールについて「大変ありがたいことと存じます」以外のコメントはせず、またオディールの方も笑顔のまま「はい」「いいえ」以外の受け答えをしなかったが、会は恙なく終了した。
そうして顔合わせが終わり、10日後には領地に戻るアルゴンドラ辺境伯と共にオディールは北の大地へ嫁入りすることになったのだ。