42◆お茶と茶菓子と未来の話(最終話)
「お疲れ様オディールさん、お茶にしましょうよ」
「お義母様、もうそんな時間ですか?」
昼はずっと結婚式の招待状を書いていたのだが、もうそんなに時間が経っていたとは。アルゴンドラ領は北の奥地、魔獣最前線であるので呼んだところで来るかは解らないが、とりあえず招待状は隅々まで行き渡るよう出すのだ。
「無駄に歴史だけはある家でしょ?付き合いのある家が多くて。顔見知り程度で来る気も無いのに、送らなかったら文句を言ってきたりするのよねぇ」
アルゴンドラ領で収穫した新茶のお供はいつもの素朴な菓子だ。アンは自分の時を思い出してヤレヤレといったようにため息を吐く。
「しかし婚約のパーティーはせずにすぐ結婚式なら、手間が一度で済んでいい」
「それは言えてるわ」
オディールはローレンスの両親の前で今ではすっかりいつものままだ。淑女のイメージを壊すと気が引けていたオディールに、ローレンスとラインハルトは物は試しにそのままで話してみろと言うのでやってみたところ、特に驚きもされず今に至る。アンは細かいことを気にしないし、パトリックに至っては違いに気付いてもいないだろう。そんな訳で化粧も思うがままに、本日は「気合十分!仕事がデキる女」スタイルで気分を上げて結婚式準備に勤しんでいる。
二人がお茶をしていると、それを察知したように現れる者がいる。ローレンスだ。今日も兵舎で訓練の後、新事業の打ち合わせをし、休憩がてら屋敷へ来たら丁度その時間だった。
「少し戻りました」
「あなたお菓子の匂いに釣られてるの?毎日毎日お菓子用意してると来るんだから!」
「おかえり、ローレンス様」
今のローレンスは自領にいるので傷は隠しておらず、服装も兵舎からそのまま来たのでオディールと出会う前のスタイルだ。普段の日の身支度にはオディールも口出しはしない。
「ただいま、オディール。また出るが」
きっと来るだろうと準備をしてあったので、ローレンスのお茶もすぐに用意される。ローレンスは綺麗な皿に並べられた菓子の一つに手を伸ばした。
「これ美味しいよなローレンス様」
「美味い」
オディールが何切れかに分けて食べる焼き菓子は、ローレンスだと一口で食べてしまう。
「まー私がオディールさんをお誘いしたのに、私がお邪魔みたいじゃない」
オディールをじっと見つめるローレンスにアンは呆れて席を立ち、庭で鶏小屋を作成中のパトリックを呼びに行った。お茶の時間に顔を出す息子じゃなかったのに、ようやく春が訪れた浮かれぶりときたらない。
二人きりになった隙に、ローレンスはオディールにキスをする。菓子よりこっちが目当てである。赤くなったオディールは、照れながらも笑顔を向ける。
「招待状は今日中に書き終わるぞ」
「ありがとう。全部任せてしまったな」
「問題ない。ローレンス様と私とでは忙しさが違う」
日々の仕事だけでも随分忙しそうに見えるが、これに魔獣が出たら更にその対応だ。全くもって働き者である。それでもこうして合間で顔を見せてくれるので、それが嬉しい。
オディールは結婚式の準備をしながら、アンに家の事を教わり、そしてメイドを捕まえては化粧をしている。最近は化粧の腕を上げたいというメイドに教えてほしいと頼まれて、レクチャーもしているのだ。なかなかオディールの方も忙しくお茶の時間は定時ではないのだが、必ずローレンスはやってくる。恐るべき勘である。
まずは結婚式という一大イベントをやりきって、それから本格的にローレンスとの生活を作るのだ。自分に何ができるかは未知数だが、やりたいことはたくさんある。行き詰ったとしても、ローレンスの言う通り、その都度課題に対応したらきっと何とかなるだろう。
オディールはそう思ってローレンスを見つめ、笑顔になる。オディールに慣れたローレンスだが、こうされるたびいつでも心臓は掴まれているのだ。それこそ最初に出会った時から、まるで魔法に掛かったみたいに。
さあ果たしてオディールは、アルゴンドラの魔女になれるでしょうか?
END
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