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41◆ことの顛末と祝いの茶会

化粧品屋のオーナーはフレッド・ダルクから再びダルク家の次男に変わった。セーヌ子爵からローレンスへは改めて謝罪があり、その時にフレッドの顛末を聞いた。


フレッドはあまり出来がいいとは言えなかったので、ダルク子爵は既に軌道に乗せている化粧品屋を任せていた。ここでなら商品を気を付けて仕入れてさえいれば黙っていても売れるのだという。調子のいい性格も客商売になら向くかと思っていたが、まさか女性に対して暴言を吐くとはダルク子爵も、兄たちもにわかに信じられなかった。ただ、話を聞いた妹のリリアナだけは「言わんこっちゃない」と呆れていたという。人を査定し選別をする傲慢さを、点数を付けられた側は知っているのだ。


今後はセーヌ家と、セーヌ子爵が管理する避暑地へは出入り禁止とし、ダルク子爵の監督付きで家業の手伝いをさせることとした。ダルク家はセーヌ領の外れで化粧品の染料を作っている。賑わいから外れた場所で地味な家業の手伝いをさせられるのは本人的には辛いとのことだ。


「とはいえ、甘いかと思いますが」

「別に、処置についてはオディールと関わらないのであれば他に望むことはない」


謝罪をする気がない者からの謝罪など意味がないし、再びオディールの元へやって来られる方が不愉快だ。代わりと言っては、とセーヌ子爵の提案で、アルゴンドラ辺境伯ご一行とオディールの身内、仲が良さそうだったサイモン侯爵家ご一行、あとはセーヌ家とサイモン家が懇意にしている家の者を呼んで茶会をしようということになった。謝罪ではなく婚約の祝いということだったので、ローレンスも招待を受けることにした。


「ぜひ、好きな化粧をしてきてほしいと言っていた」

「そんなこと言ったらすごいことになるかもしれんぞ」


茶会でのんびりサイモン三姉妹とも過ごせると、オディールにも嬉しい招待だ。気取らない茶会なら少し遊んだ化粧でもいいかもしれない。

今は湖の見えるテラスにゆったりくつろげる椅子を置き、二人でお茶をしている所である。マリアはラインハルトを伴ってボートに乗りに行くと言っていたので本当に二人きりである。


「トランクを持って行って、夫人らに化粧をするのはダメだろうか」

「希望があればいいんじゃないか」

「…考えてみれば、私だってスノーのキャメラ・リンドン風にNOと言って違う化粧をさせたんだ。化粧品屋の男とそう変わらんと思うがな」

「やろうとした事象は似ているかもしれんが、相手の自信を取り戻すためにやったことと、ただ相手にジャッジを下したのとでは前提が違う。前提が誤れば結果も誤る。結果から見えることが本質ではないかと私は思うが」


否定されたと思っていたスノーが自分を取り戻し、オディールと友情を育んだこと。

女性客の好きな化粧を否定したという些細なことからドツボに嵌ってしまったこと。

並べてみれば「そう変わらん」ことではないのがよく解る。相変わらず事実ベースで話をするローレンスである。オディールには思いもよらない発想で、感心してしまう。


「そんなもんか。ローレンス様は頭がいいな」

「別にそういうこともない」


ローレンスとしてはあの男の話題は早く終わりにしたい。思い出すのも不快なのだ。自分で自分の機嫌を整えられないのはローレンスにとって珍しいことである。


「ローレンス様、私は魔女になりたいと言ったのを覚えているか?」

「ああ」


話題が変わりほっとする。魔女になりたいと聞いた時も、こうやって湖を見ている時だ。もっと風は冷たく、湖を囲む森も野性味溢れるものだったが。


「私はローレンス様の嫁にもなりたいが、やはり魔女にもなりたいと思う。しかし王子と結婚してめでたしなんていう魔女の話を読んだことがなくてな」

「…私の嫁になりたい?」

「なりたい」


わざと聞き返してもう一度言ってもらった言葉に、ローレンスはにんまり笑う。


「物語の中は役割で分けて二人として描かれていると考えればできない話ではない。姫と魔女は、本当は魔法が使える姫に置き換えれば両立するのも可能だと思う」

「それで物語は破綻しないか?」

「課題が出るたび適宜対応すれば恐らく」


なんともローレンスらしい回答だとオディールは思う。ではまず一つ目の課題を解決しておこう。


「ローレンス様は、魔女が妻でも問題ないか?」

「それがオディールであるなら、何の問題もない」

「マリアのお父様の話を聞いて、私も人に化粧を施したりすることを仕事にできないか考えたのだが、どうだろうか」

「アルゴンドラで立ち上げる事業を手伝ってもらえるのは有難い。オディールの魔法をどう生かすか、一緒に考えさせてくれ」


ローレンスはよどみなく答える。実際、アルゴンドラ領は生産性を上げている真っただ中で、やれることがあるなら全てチャレンジしてみたい。それには人が必要なのだ。

貴族令嬢としては規格外でも、オディールの力をそのままに手伝ってくれと言われるのなら、自分にも出来る気がする。


「ああ、手伝わせてくれローレンス様」


未来は修道院だと思っていたし、漠然と魔女になりたいと思っていたオディールは、来たかった場所はここだったのではないかと思った。


こんな未来を思い描いたことなどないけど、不思議とそんな風に思ったのだ。


***


「あのペンデリックさん化粧品屋をやめましたのね。昨日伺ったら違う方がオーナーと言っておりましたわ」

「ペンデリックさん?」


セーヌ子爵のお茶会で、ミアーラはすっかり懐いたサイモン三姉妹と例の化粧品屋について話す。


「ほら、判で押したようなペンデリックの夜会服。王都ではみーんなあれ着てるから見分けが付きませんの。だからついあの夜会服の方を見るとペンデリックさんとお呼びしてしまいますのよね」

「ま、まあ…」


吹き出しそうなのを堪える三姉妹である。オディールの妹のミアーラは、なかなかにいい性格をしているようだ。本当ならばアルゴンドラ辺境伯への嫁入りはミアーラのはずだったらしく、変身したローレンスを見て惜しくなったかとスノーが聞いてみたが、魔獣の出る土地に住むのは絶対嫌だと笑顔で言っていた。


オディールはと言うと今日は目力強めの化粧で来たのだが、「そんなお化粧が似合うなんて羨ましい」と言った令嬢に、物は試しだとセーヌ子爵夫人に一室借りて化粧を施している最中だ。


「こんな所にまであのトランクを持って来ておりましたのね」


呆れたようにスノーは言う。全く、化粧品の営業でもあるまいし。


「お姉様はうちでも私やお母様やメイドを捕まえてはいっつもお化粧してましたもの。隙を見せたら最後ですわ」


酷い言われようである。だけどこんなオディールなのだから、サイモン家に初めてやってきた時に猫被っていたのもわかる。最初からあれで来られたらさすがに三姉妹だって驚いたはずだ。聞けばオディールと一緒にいるマリアも出会って早々やられたそうだ。


「まあ、変わり者同士お似合いなんじゃなくって?」


わざと意地悪げにスノーは言ったが、心からそう思っている。

化粧を変えた令嬢を伴ってオディールが再び茶会の席に戻ると、新しい化粧に周囲は沸き立ち、化粧をされた令嬢は新しい自分に表情をキラキラさせていた。


ローレンスはというと、オディールの見立てで最上の布で作った洒落た型のシャツを着ており。その布は質感は元より、スタイルのいい体に美しい皺の曲線を描いている。他のゲストたちがどこで仕立てたシャツかと聞いており、その様子をこっそり見ていたバークマン子爵は心でガッツポーズを決めた。あとでさりげなく営業を掛けるつもりである。


ラインハルトはマリアと一緒にいて、少し緊張したような、それでいて顔が赤いような奇妙な顔をしている。二人の距離が縮まっているのをサイモン家の三姉妹は見逃さない。


「あらあら、羨ましいこと」

「ディアナお姉様は決まった人がいらっしゃいますでしょ」

「それとこれとは別よ、だってマリアのあれは完全に自由恋愛じゃない」

「それは憧れちゃいます~」


貴族の娘として覚悟は決まってはいるが、恋物語に憧れるのはそれはそれである。あとで根掘り葉掘り聞かせてもらおうと三姉妹の目が爛々と光った。


茶会の時は楽しく行き過ぎ、名残惜しくも終わりの時間となった。


「オディール様の化粧術はなんて素晴らしいのでしょう。うちのメイドにも指南していただきたいわ」

「アルゴンドラ辺境伯の服の見立てと傷を隠すのも全部やっているなんて。素敵になるはずですわ」

「バークマン領のシモリーの店であのシャツの布は扱っているらしい、帰りに私も仕立てよう」

「私は問屋と直接取引をしたいな、王都の店に置けないだろうか」


帰る人々の間で、アルゴンドラ辺境伯とその婚約者の話題は好意を持って語られていた。


「楽しい茶会だった」

「こちらこそ、またいつでもいらっしゃってください」


ローレンスはセーヌ子爵に握手で暇の挨拶をする。セーヌ子爵の隣では、オディールに化粧をされた夫人がご機嫌な顔で見送った。

今日のオディールは確かに個性的な化粧をしていて、セーヌ子爵から見ても少々迫力があるように感じられた。しかし妻は「かっこいい」と称していたので、化粧とは見る者によって随分印象が変わるものだと思うのだった。


「選ばれるためじゃなくて、自分のためにしてもいいのなら、化粧ももっと楽しいでしょうね」


そう言った妻の言葉の意味をちゃんとは解っていないが、何か大事なことのように思う。


「またいらっしゃればいいわね」

「そうだな」


騒ぎの引いた少し寂しい静けさを二人で楽しみながら、セーヌ子爵夫妻はそんな風に言っていた。

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