37◆セーヌ侯爵のパーティー
さて、パーティーの会場となるセーヌ家の大広間は美しく飾られ、持て成しの準備は万端というところだ。まだホストもゲストもやってきていないというのに、早々とやって来た者がいる。親戚筋のフレッドだ。
「やあミザリー、また店においでよ。可愛くしてあげるから」
フレッドは準備をしているメイドの一人にウインクをして声を掛けると、ミザリーと呼ばれたメイドは「もう」と頬を赤らめる。
ホストでもない彼が何故こんなに早く来てるのかと言うと、ゲストのチェックをするためだ。親戚筋なのを良いことに開場前から上がり込んでいるのである。
フレッドがチェックをするのは女性客だけで、彼はパーティーにやってくる女性の服装や化粧に点数を付けるのが趣味なのだ。それを彼は化粧品やを営むことにおいての勉強だと思っていて、自分は勉強熱心だと自負している。だが実際にやることと言えば点数が高かった女性に声を掛けることであって、それを事業に生かしている素振りはない。
フレッドは今日のパーティーのために夜会服を新調した。王都へ出張に行った兄に頼んで注文してもらった王室御用達の店「ペンデリック」で扱う流行最先端の服である。頭のてっぺんから足のつま先まで、自分ほどキマってる男性客はいないだろうと思っている。モテることへの余念がない。
パラパラと客が来始めるのフレッドは良く見える場所から眺めている。
(あれは昨日うちの店に来た子だ)
王都からやってきたという伯爵令嬢だ。エスコートしているのはだいぶ年上の男性だから、恐らく身内だろう。あどけない笑顔がとても可愛らしく、ドレスアップした姿もさすが都会から来ただけあって洗練されている。店の商品のことを話せば盛り上がるはずだ。フレッドは伯爵令嬢を声を掛けるリストに入れる。
(美人三姉妹も来ているな、今日の点数は高めだぞ)
長女は結婚が決まったというからエスコートしているのは恐らく婚約者だ。次女と三女は年配の男性にエスコートされているので身内だろう。この辺りのパーティーでは見目麗しく完璧な淑女と言われるこの三姉妹の発言力が強く、お近づきになっておいて損はない。パーティーで一緒になると挨拶をしているので、今回もそうするつもりだ。
その後にもやってくる女性客も余すところなく点数を付け、フレッドはご満悦だ。
「兄さん、こんなところにいたのね!探したじゃない!」
今日のフレッド自身のパートナーは妹のリリアナだ。
「ん~、今日のお前は65点だな」
「…本当にそれむかつくから、他では絶対言っちゃだめよ」
フレッドはほんの冗談のつもりで軽く言うが、リリアナ心底嫌そうに眉をしかめる。そんな口うるさい妹の言葉は聞き流し、フレッドは再び会場の入り口へ目をやった。
「は?」
「えっ素敵…!!」
あっけに取られたフレッドの視線の先には体格のいい男に伴われた女性がいた。見るからに豪華なドレスを見事に着こなした彼女はパートナーと微笑みあっている。今までここのパーティーでは見たことのないが、素晴らしくセンスの良い美女だ。
「あの彼が100点満点なら、お兄様は65点ってとこかしら?」
リリアナに意地悪な顔で言われ、フレッドは初めて男の方へも目をやった。ひと目で上質とわかる夜会服は流行の型ではないが、所々のカットが気が利いている。よほど腕のいい仕立て屋のオーダーメイドだろうか。そして筋肉質だが長身でバランスのいい体はその夜会服を数段良く見せているようだ。
「へえ、どこの金持ちだろうね。随分服に金を掛けられる方らしい」
笑ってフレッドはそう言うが、内心とてもつまらなく思っているのは長年の付き合いの妹には解る。リリアナは呆れたように小さくため息を吐き「ほら、挨拶に行くわよ」と兄を引っ張っていった。
***
「いやはや、変身しましたなアルゴンドラ辺境伯!」
セーヌ侯爵はローレンスがやってきたその日に挨拶をしたのだが、その時も随分小ざっぱりしたと思っていた。それが更に絵物語から出て来た貴公子のようになっているとは。
「全てオディールの手腕です」
「初めてお目にかかります、セーヌ侯爵。オディール・ロッテンバッハです」
「話は聞いているよ、ロッテンバッハ伯爵はこんなに美しいお嬢さんを隠していたのだな。知っていればアルゴンドラ辺境伯の前にうちが話を持っていきたかった」
「お褒めに預かり恐縮です」
「ロッテンバッハ伯爵には感謝してもしきれない。本当に隠しておいてくれてよかった」
真顔でそう言うローレンスにセーヌ侯爵は心から笑う。アルゴンドラ辺境伯の婚活が上手く行かないのは聞いていたが、セーヌ家の娘は全員嫁入り済みだし、孫になるとまだまだ子供ばかりだ。親戚筋を当たろうかとも思ったが、大いなる英雄の家に本家から外れた家のものを紹介するのも憚られる。試しに縁者に何となく言ってみたものの、以前のローレンスの姿を知っている娘たちには丁寧に、そしてきっぱりと断られたという体たらくであった。
「とても愉快な話題をありがとう、楽しんでいってくれ」
きっとパーティーは盛り上がることだろう。息子の祝いの席に花を添えてもらったとセーヌ侯爵はご機嫌だった。
今日の主役とも言えるセーヌ子爵にも挨拶をし、やはりこちらでも驚かれた。そして化粧品屋で非礼があったという例の婚約者がいるのだ、緊張もある。
「避暑地を手掛けているのはセーヌ子爵とか。貸し屋敷も湖のそばも、どこも素晴らしいですね」
しかしその婚約者から出て来たのはこんな言葉だった。ここに来てからの楽しい思い出は、行き届いたサービスの上で成り立っているとオディールは思っている。
「そう言ってくれてありがとう。その、先日は…」
「セーヌ子爵、めでたい席だ。それはよしておきましょう」
詫びようとしたセーヌ子爵をローレンスが止めると、オディールに視線を送る。何を言わんとしているかが解り、オディールも頷く。
「ここに来て楽しいことばかりです。今日のパーティーもとても楽しみしておりました」
「ありがとう。婚約のお祝いはもちろんされますよね?是非とも呼んでください」
「喜んで」
挨拶を終えて去る二人を、こっそり様子を伺っていた周りのゲストたちが目で追う。
「アルゴンドラ辺境伯…!?」
「嘘!?」
パーティーに突如として現れたワイルド系イケメンが、まさか熊男のアルゴンドラ辺境伯だとは誰も思っていなかった。周囲の驚きの声を盗み聞いて、オディールは満足げに笑う。しかし気を良くしていたのもつかの間だった。
「オディール、踊ろうか」
そうなのだ。踊るのだ。今日まで散々練習はしてきたが「とりあえず踊れる」くらいにしかならなかった。
「仕方ない、踊ろうか。いいんだ、私はローレンス様の引き立て役だ」
「それはどうかな」
手を取り合ってダンスフロアへ歩く二人は注目の的である。
「転んだらすまん」
「大丈夫だ、支える」
「きっと足は踏む」
「問題ない」
小声でそんなことを言っているなど周囲には聞こえてはおらず、ギャラリーと化したゲストたちは物語から現れたような二人が踊り出すのを興味深く待っていた。
音楽に合わせ踊り出し、さすがのローレンスのリードでとても優雅に見えた。女性側がダンスに不慣れなのはすぐに解るが、途中でステップを踏み間違ったりするたび、顔を寄せ合い笑うのだ。見るからに仲睦まじい二人に、傍観者たちはホゥとため息を吐く。
「アルゴンドラ辺境伯は、なんてお優しいんでしょう…」
「ええ、本当に。あのようなリードをされたいものですわ」
「完璧な美女に見えて、ダンスは下手なんだな。しかしそれが愛嬌があるな」
「あの方になら私も足を踏まれたい」
ローレンスは踊りながらも周囲のことは目に入っている。魔獣と戦っているときには後ろに目が付いているとまで言われるローレンスなのでお手の物だ。思った通り、失敗しても可愛らしく頑張るオディールに男性の目線が集まっているのに気づく。
ようやく一曲踊り終えたら、もうオディールは息も絶え絶えだ。それを見せないようにどうにか澄ました顔をする。
「すまない、踏んだな」
「問題ない。オディールの踏んでいい足は私の足だけだ」
「…こんな時に笑わせないでくれ」
再び手を取り合ってダンスフロアから外れて行く二人に、自然と人が集まって来た。
本日一番の注目カップルを取り囲み盛り上がってる一角を、話が届かない距離にいた人たちはきょとんと見やる。
「一体何者だあいつ…」
その遠くにいる人たちの中にはフレッドもいた。声を掛けた子爵家の令嬢も首を傾げて「さあ?」と言う。フレッドも流行最先端の夜会服を身に纏い、気付いた人には声を掛けてもらっている。あの大男がああまで注目されるのは、パートナーのレベルが高いからだ。きっと彼女と踊ったら、自分も注目されるに違いない。
フレッドはそんな風に思い、彼女に声を掛けるべく足を踏み出した。




