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36◆パーティーの身支度

さて、ついにパーティーの日である。オディールによる「ローレンスの婚活再チャレンジ計画」は取りやめとなったが、ローレンスを着飾るのは予定通り行う。


「私の支度よりも、オディールの支度に力を入れたらいいと思うが…」

「いいや、今回一番の目的はあくまでローレンス様だ。ローレンス様を完璧に仕上げるまで自分の支度など手に付かんよ」


そう言ってオディールは、コンシーラーで傷跡を隠し、色味を調整したファンデーションを丹念に塗っていく。「怖い」と言われる傷跡を今日は綺麗に消してしまうのだ。夜会服に着替えるのはさすがにパパっとはいかず、メイドにも手伝ってもらった。ワイルドな空気は残しつつも貴公子然としたローレンスにオディールは満足げにふんぞり返った。


「…そんなにいつもと違うだろうか」

「違っておりますよ!」


自分の主はどこまで見た目に関して雑なんだと、ラインハルトはすかさず口を挟む。


「オディール様と並べば、美男美女でさぞ注目されることでしょう」

「…毛皮は不要だろうか」

「…この時期は不要かと…」


ローレンスとてオディールの隣にいて自慢になる男でいたいのだが、その思いの結果が毛皮である。ちなみに貴族の間に自分で獲った獲物の毛皮を纏って強さを示す慣習はない。


「オディールは私の贈ったドレスを着てくれるのだな」

「ああ。あのめっちゃくちゃ豪華なやつを着るぞ。すごいものをありがとう」


ローレンスの服を仕立てた時、一緒にオディールのドレスも作ったのだが、仕立て屋が「刺繡を入れると尚華やかに」やら「ここに宝石を縫い付けて」など調子よく言ってくるのを全て「ではそれで」とローレンスが答えたものだから、やたらと豪勢なドレスになったのだ。


「あのドレスに負けない顔を作らねばな」

「いつもの化粧で良いと思うが」

「そうはいくか」


笑いながらそう言って、オディールは自分の身支度のために部屋を出た。

化粧は自分ですると言ってあり、髪結いと着替えの手伝いになったらメイドを呼ぶことになっている。今オディールは自分のために化粧品がたくさん入ったトランクを開ける。


「どういう顔になりたいんだろうな…」


ローレンスから愛の言葉をもらった翌日、魔女の化粧の気になれず、かと言って他にやりたい化粧もなく、何となくうまくいかなかった。いつもの自分なら「あのドレスを100%引き立てるための化粧」と気合も十分だろうに、どうもそのやる気も出ない。こんなことは初めてだ。


「顔の出来栄えのことより、ローレンス様のことを考えてしまうな…」


話せば話すほど、なぜこんな立派な人に嫁の一人や二人すぐにやって来ないのかと思っていたが、それは好意と言えるんじゃないだろうか。もしかしたら自分は、ローレンスを好きなんじゃないだろうか。


「…照れる…」


一人、オディールは鏡台に突っ伏して呟いた。

恋をしたメイドに化粧を施したこともあったし、我ながら彼女の一番魅力的なところを引き出すことができたと思う。だけどいざ自分のことになると、何をどうしていいか解らない始末である。


オディールは鏡台から一旦離れ、準備してあるドレスを見にいった。今まで着たことがないような素晴らしいドレスだ。今更ながらオディールは王家と連なる者と婚約したのだとひしひし感じる。

これを作った時のローレンスは、提案される豪華な装飾を言われるままにどんどん追加していくものだから、オディールは途中からストップをかけた。それでも盛りだくさんになったのだが。


(あれは、愛情だったのかな…)


ドレスは自分への礼だと思っていたし、尊い辺境伯の財力に度肝を抜かれるばかりだったが、あれは単にローレンスからの愛情だったんじゃないだろうか。豪華さとか金額とかではなく「盛りをよくしてあげたい」というアレだ。そう思うとオディールは笑っていた。

ドレスに似合うようになら、顔を豪華にモリモリに盛るのもいいと思う。だけどそういうテーマを課すのではなく…


「そうだ、自分がどうありたいかだ」


ローレンスの隣に、どんな自分で立ちたいか。


淑女に化けるのではなくて、なりたい自分を表現するような。そんな、自分を奮い立たせるような化粧を。


***


「まあ!」

「オディール様!」

「これはこれは…」

現れたオディールにバークマン父娘もラインハルトも息を飲む。豪華なドレスを着こなしたオディールは髪を結い上げ、大人びた雰囲気だ。

目には強さが欲しいが今日は魔女ではないと思ったので、ドレスの色に合わせてグラデーションをさせ、その上から光沢のあるパウダーを乗せた。まつ毛は視線が真っすぐ伸びるように丹念に作り上げ、意思のある瞳に仕上がった。幸福そうなバラ色の頬に、唇は優しいピンク色を乗せる。おかしな事は言うかもしれないが、それでも優しい言葉が出るように。ローレンスの隣に立つ人は、そんな人がいいと思った。


「オディール…美しい」


オディールに前に立ち、ローレンスは手を取って口づける。その姿は物語から出て来たような二人で、マリアはうっとりと眺めている。


「ありがとうローレンス様。…いつもと変わらず?」

「ああ、オディールはいつも美しい」

「本当に張り合い甲斐のない人だ!だけどあなたはそれでいい」


ローレンスは今の自分も、変な化粧の自分も、なんなら化粧をしていない時だって同じ顔に見えるのだろう。愛しさがこみ上げ、思わずオディールは大笑いしてしまう。


「ローレンス様!いつも通りなどと言わずちゃんと褒めてください!」

「いや、その…美しい」


ラインハルトとローレンスのやり取りにオディールは更に笑う。マリアとバークマン子爵も笑っている。


「では行こうかオディール」

「ああ」


オディールはローレンスにエスコートされ馬車に乗り込む。今日の馬車は二人きりだ。夕暮れが迫る湖を見ながら走るのはとても気分がいい。


「きれいだな、ローレンス様」

「ああ」


オディールは傾く陽でオレンジ色になる湖面を見て、ローレンスはオディールを見て言っている。どうにも嚙み合っていないが、二人とも幸せな時間の中にいるので恐らく問題はないのだろう。

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