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33◆セーヌ領の避暑地

セーヌ侯爵のパーティーはバークマン子爵家にも招待状が行っていたらしく、バークマン子爵とマリアはアルゴンドラ領からセーヌ領のパーティーに参加し、そこから自分の領地に帰ることにした。

セーヌ侯爵は王都から離れた領地でよくパーティーを開催するのだが、そんな遠くにいつでも貴族が集まるのかと言えば、集まるのである。


セーヌ領にはこの国で人気の避暑地があり、夏の間はそこの一棟立ての貸し屋敷で過ごす貴族も多いのだ。これがセーヌ侯爵の自慢の事業だ。避暑にやってきた貴族たちを飽きさせないために定期的にパーティーや茶会を開催し、近郊の領や付き合いのある貴族にも毎度もれなくパーティーの招待状を送っているのである。

毎度のことなのでパトリックは「いつものことか」と招待のことなどスルーするのだが、今回はセーヌ侯爵の持つ子爵の爵位を息子に譲り渡したので、それのお披露目も兼ねているとのことである。

そんなわけで今回のパーティーは賑やかなものになるだろう。


「避暑ならアルゴンドラ領も良い場所がありそうじゃないか」


王都よりずっと涼しい風が吹くアルゴンドラの湖を思い出してオディールは言う。


「ここはそういう整備をしていないな。セーヌ領の避暑地は湖の傍で、貸し屋敷もとても美しい。メイドの仕事や商いで夏の稼ぎに出る者もいる。手が回るようになれば真似てみたいな」


できることは全て試してみたいローレンスはそんな風に言う。一番の街中も田舎っぽさが出ているアルゴンドラ領なので、セーヌ領にある避暑地のような煌びやかな持て成しは難しいかもしれないが、他のやりようがあるかもしれない。


「ではローレンス様、今回はセーヌ領の避暑地も視察されるのがいいのでは?」

「そうだな、では事業に関心のある者も一緒に連れて行こう」


涼しいアルゴンドラ領に住んでいるのでわざわざ他の領地へ避暑に出かけたことはなかったが、これからの事業に繋がるかもしれないと、ローレンスは貸し屋敷を一棟都合してもらうことにした。

セーヌ侯爵の長男であるセーヌ子爵はこの避暑地の観光事業も爵位と一緒に引き継いだ。自分の代になってからは熱心に手を入れているようで、アルゴンドラ辺境伯が利用すると聞くと大変喜んで手配をしてくれた。


そんなわけでセーヌ領へはローレンスとオディール、バークマン父娘、お供には敏腕のラインハルトと視察団がぞろぞろと向かうことなった。

セーヌ領はそう遠くなく、王都へ向かうほどの日数は掛からずに到着した。今は貸し屋敷で休憩をしている最中である。道中、オディールはようやっと魔女の化粧に戻せて嬉しそうにしていた。


「いつもその化粧でいればいいだろう」


化粧の一つでこうも気分が良くなるのであれば利用しない手はないとローレンスは思い、オディールに言う。


「そうはいくか。きっとローレンス様のお父様とお母様は、私を伯爵家のお淑やかな令嬢だと思っている。それをぶち壊すわけにはいかん」


それを聞いたラインハルトとマリアはやはり無言で顔を見合わす。どうやらあのお嬢様は自分の淑女擬態に自信を持っているようだ。確かにパトリックとアンの前では多少大人しくしているようではあったが、ところどころボロが出ていたように思うが。


一休みをしてから皆で散策をしようと言っていたのだが、避暑地の事務棟にセーヌ侯爵が来ていると聞き、ローレンスとバークマン子爵は挨拶に行くことにした。

その間、オディールとマリアは護衛を付けてもらい、湖を囲むように店が並んでいる一角のあたりに行ってみようということになった。


「洒落た店が並んでいるな」

「ほんと!これなら夏の間滞在しても退屈はしませんね」


王都から離れているが、店には流行の品が並ぶ。王都よりも値は張るが、これなら買う者もいるだろう。二人は店を覗きながら歩き、とある店の前で立ち止まった。オディールの目がキラキラと輝いている。


「…マリア」

「入りましょう」


そこは化粧品が揃えてある店だ。いらっしゃいませ、とおしゃれな夫人が迎えてくれた店内は小ぢんまりとしていながらも華やかに装飾されていた。店内の品ぞろえは定番の売れ線を押さえながら、目玉である新製品も王都よりあまり遅れないように仕入れているようだ。


「マリア、この色は絶対にマリアの色だ!」

「あら、いい色ですわね。オディール様、こちらは?」


見本を手に取りながら二人が楽しげに話していると、もう一人奥から男性がやってきた。


「なんで君、そんな化粧してるの?うちの店員は腕がいいからもっと可愛い化粧をしてあげるよ」


不躾にそんな風に声を掛けられた方をオディールとマリアが振り返る。そこには二人よりも少し歳が上くらいの華やかな男性がいた。「うちの」と言っているので、恐らくオーナーなのだろう。


「好きでしている化粧だ、心配には及ばん」


そんな化粧、と言われて心当たりがあるのは自分の化粧だ。オディールの魔女の化粧のことを言っているのだろう。今日は久々ということもあって気合が入り、悪の魔女として胸を張れる化粧である。


「せっかく親切で言っているんだから素直に聞くのがいいと思うけどね。どこのお家のお嬢さんかな?」


ヤレヤレ、という様子で笑いながら肩を竦める男に、オディールはきょとんとするだけだが、マリアは不快感でいっぱいだ。


「オディール様、行きましょう」

「気に障ったのかい?そんな怖い化粧をして変だと思われたら可哀そうだと思って声を掛けたんだ」


善意のように綴られる言葉にこれほど不愉快になるのは、その物言いが自分の物差しだけで上からジャッジをしているからだろう。マリアは自分も客商売に携わっている。自分の宿の従業員が客に対して暗に「あなたはおかしい」という意味の言葉を言ったなら、例え目上の人間であっても許しはしない。


「失礼いたします」


マリアは丁寧に、あくまで形式的に礼をすると店を出るため扉へ向かい、オディールもそれに倣う。アルゴンドラの護衛も付いているので危ないことはなかったが、店を出たマリアは怒りを隠さなかった。


「嫌な奴!」

「いやまあ、あまりそぐわない化粧だったと思う。買い物に出るつもりがなかったから気にせずやってしまったからな。却ってすまなかった」

「謝らないでください!私はオディール様のそのお化粧も好きです!」


ムキになって言うマリアにオディールは笑う。この化粧は父親にはいつも叱られていたし、貴族には通じないのは重々承知していた。オディールは店のオーナーに言われたことには何にも思っていなかったが、マリアが自分のために怒ってくれているのが嬉しかった。きっと彼は高位貴族の家系なのだろう。貴族社会から見れば正論そのもので、親切のつもりで言ったのだと思う。


全て承知の上の言葉ではあったが、やはり自分は貴族令嬢にそぐわないことを再確認してしまう。


「…やはり、ローレンス様には良い令嬢を見つけてもらわんとな」


ここへだってそのつもりでやってきているのに、どうにも気持ちが落ちるのはどうしてだろう。


ローレンスとこれからも一緒にいたいと思うのであれば、自分がもっと貴族令嬢として頑張ればいいのだけれど、できないのがオディールなわけで。


少し肩を落とすオディールに、マリアはちくり魔になることに決めた。ローレンスにさっきのことを言い付けてオディールを元気づけてもらおう。最近のローレンスは最初の頃と違い、きちんとオディールとコミュニケーションを取っているし、オディールの方も悪くない反応に見受けられる。それならここでがっつりちくりを入れて、ローレンスに慰めてもらうのが一番良い。

もしそれができないローレンスであれば、他の令嬢と結ばれたってマリアは構いはしないのだ。

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