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32◆ローレンスの変身

しばらくして、バークマン子爵が出来上がったたくさんの服を携えてアルゴンドラ領までやってきた。


「お久しぶりお父様」

「マリア、元気そうで何よりだ」

「バークマン子爵よ!お前こそ元気だったか!」


引退してから領地に引っ込んでいるアルゴンドラ男爵も嬉しそうに出迎えた。昔は王都へ行くたびに会っていたのだ。宿は安価な方に泊まっていたようなのだが。


「わざわざ持ってきてもらって悪い…いや、悪かったですわ…?」


旅の道中で親しくなった者以外には猫を被ろうとするオディールだが、その猫はだいぶ頭からずり落ちている。


「いえいえ、おめでたいご婚約のプレゼントを我が領で揃えてもらって光栄でございます」


オディールとしてはローレンスの衣装を揃えただけだったのだが、そういう風にも見えるらしい。


「早速だが荷を確認して来てもいいでしょうか。ローレンス様の準備は、あとは着替えるだけです」

「どうぞご覧になってください」


最上の布で出来たシャツをバークマン子爵も確認をしたが、どこへ出しても胸を張れる出来栄えだった。それをあの体格のアルゴンドラ辺境伯が身に纏ったらどうなるだろうかと楽しみで仕方がない。

荷は全てローレンスの部屋に運ばれており、身支度の最中のローレンスがそれをポカンと眺めていた。


「こんなに買ってくれたんだな…」

「シャツはバークマン子爵からだ。しかし手持ちの服も見たが、増えすぎってことはあるまい」


今のローレンスは傷はそのままにしてあるが、髪はスッキリと切り揃えられ、ぺったりと撫でつけるのではなく後ろに軽く流すようにしている。眉の形も整えられて、あとは服装を整えるだけだ。

荷が届く前に不足のアイテムも揃えており、靴も戦闘用のブーツ以外の洒落た靴が並ぶ。

その服たちの中からオディールはローレンスを引き立てる組み合わせを考える。


「自分の屋敷に客人がやってきて、その出迎え…あまり畏まらずにいこうか」


最上の布で出来たシャツの中からスタンダードな形のものを選ぶ。注文通りに襟が大きく、確かにローレンスに似合いそうだ。本人たっての希望で動きやすさを優先したシンプルな黒いパンツには、明るい色の模様が入った革靴を選ぶ。ベルトのバックルも柄がある少し遊んだデザインだ。


「さあローレンス様、お着替えをお願いします」

「わかった」


ローレンスの着替えは早い。奥の部屋へ引っ込んだと思ったら、パパっと着替えを終えてすぐに戻って来た。それをオディールは念入りにチェックし、襟を正してみたり、髪をまた整えてみたりする。ぐるりとローレンスの周りをぐるりと一周して満面の笑みを見せる。


「では行こうかローレンス様」


ローレンスも自分の姿を確認するが、正直な所、先ほどとそんなに違っているのかと不思議に思うが、オディールが楽しそうなので良しとした。


「そうだな、バークマン子爵に挨拶をしよう」


そう言ってローレンスはオディールの肩を抱き、驚いたオディールはピタリと立ち止まる。


「行かないのか?」

「行く…が、その、近くはないか…?」

「婚約者なので問題ないと思うが」


そう言ってローレンスはオディールの顔を覗き込む。


「あのっ顔も近いっ」


オディールは真っ赤になって後ろに下がろうとするが、その肩はローレンスに抱かれており逃げようがない。困った顔で赤くなっているオディールはとても可愛らしく、このまま食ってしまいたいと思う。

しかし今日もまたドスドスと地響きを聞かせてパトリックがやってきたのだ。足音を聞いてローレンスはため息を吐く。


「おう、ローレンス!支度はどうだ!」

「今参ります」


離れようとするオディールの肩をがっしりと掴み、今回は逃がさない。


「では行こうか」


パトリックに付いてやってきたラインハルトも、二人の様子にぐっと拳を握る。さすが自分が見込んだ主だ、やる時はやるのだ。

そうしてバークマン子爵へ挨拶にやってきたローレンスは、少し抜け感のある洒落た格好がさすがの体格に映え、どこからどう見ても「イケメン」になっていた。


「あ、アルゴンドラ辺境伯!?」

「久しぶりだなバークマン子爵。宿では世話になった」


あのもっさりとした熊のような大男が期待以上の変身を遂げていた。マリアもアンもその姿に驚きと興奮が隠せない。


「まあ、なんて素敵なんでしょうアルゴンドラ辺境伯!」

「ローレンスったらようやっと…お母様はこれが見たかったのよ!」


ローレンスの後ろに続いてやってきたラインハルトも皆の反応に鼻が高い。オディールはと言うと今もローレンスの肩を抱かれており、ふんぞり返る余裕はない。周囲にいるメイドも使用人も大変身をした主に落ち着かない様子だ。ローレンスとパトリックだけは「そんなに違うものか」という顔をしている。同じ感性の二人である。

皆の反応にオディールの気分は上々だ。この手ごたえならばパーティーではさぞかし入れ食い状態だろう。


「アルゴンドラ辺境伯のお姿もさることながら、服の見立てと身支度の腕前も素晴らしい」


バークマン子爵は心底感心した様子で言う。


「恐縮でございます」


本日の化粧のテーマは「貞淑」のオディールがしずしずと礼を述べる。


「こんな腕前の者が我が領にもいたらいいがな。宿に勤めてもらえれば夫人の客人たちは大喜びだ」

「勤める?」

「ははは、ロッテンバッハのお嬢様のことではございませんよ。さすがに伯爵家の令嬢が宿で働くなど聞いたことはない」


皆ローレンスの話題で花を咲かせている間、オディールはふと思案する。貴族相手に商売ができると自負していたが、真剣にそれについて考えたことはなかった。なんせ自分は修道院へ行くのだと思っていたから、他の将来を思い描くことがなかったのだ。

今の今まで考えてもいなかったが、もしローレンスにもっとまともな令嬢との縁ができてお役御免となった場合、自分の身の振り方を考えなければいけない。今更ロッテンバッハ家に戻り修道院へ行くのもつまらないとオディールは思った。


(このままローレンス様のお屋敷で身支度の侍女として働かせてもらうか、マリアの宿屋に勤めさせてもらうというのはどうだろう。もし家に連れ戻されたとしても、この腕を広く知らしめれることができれば、王都で働くのも可能なのでは?)


オディールの父が聞けば怒り心頭になりそうなアイデアだが、そうなったら楽しいと思う。それはとても、魔女みたいだ。

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