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30◆アルゴンドラ領の大事な場所

翌日の午後、ローレンスはオディールをアルゴンドラ領の兵舎へ連れて行った。今日のローレンスは顔の傷は隠してはいないが、オディールにもらった整髪料で髪を後ろへ撫でつけている。

二人がやってくると知らせを受けた兵隊長が全員に号令を掛け、兵舎の前に集合させていた。


「ローレンス様、ご婚約おめでとうございます!!!」


屈強な兵士たちの腹から出た声の振動がビリビリと放たれる。オディールはその勢いに少し仰け反ったが、ローレンスは微動だにせず「うむ」と答えた。


「ここが兵舎だ。アルゴンドラ領で最大の要所だ」


常日頃魔獣と戦うために鍛錬をし、その時が来れば命を懸ける猛者たちだ。


「なるほど、アルゴンドラ領の宝だな」


オディールのその言葉にローレンスは嬉しそうに笑う。


「そうだ。彼らの働き無しにこの国の平和はない」


ローレンスは最初に自分が一番大事だと思う場所へオディールを連れてきたのだ。それがオディールにもよく解った。


「オディール・ロッテンバッハでございます」


オディールは兵士たちに敬意を称して淑女の挨拶をする。


「そんな!頭をお上げください!兵隊長など言っておりますが、私なんかもただの平民の出で…」


伯爵家の娘に礼をされ兵隊長は慌てふためく。


「すまないな、私はその辺のルールがよくわからんのだ。きちんとした挨拶はこれくらいしかできないもので、大目にみてほしい」


伯爵家の令嬢がやってくるので失礼が無いようにと思っていたが、アルゴンドラ家の人たち同様、気取らない人物のようだ。自然と兵士たちに笑みが出る。


「集まってくれてありがとう。訓練に戻ってくれ。祝いは日を改めてやるつもりだ」


ローレンスはオディールに兵舎も一通り案内するつもりだ。皆を解散させ歩き出すが、兵士たちはその場に留まり二人を見送っている。


「オディール様か…ローレンス様、ようやっとだなぁ」


兵士たちもローレンスの婚活がことごとく失敗しているのを知っているので感慨深い。


「俺、ローレンス様より先に結婚しちまって申し訳無かったから本当に良かった」


そう言うのはローレンスよりも年下の兵士である。


「やっぱ魔獣の毛皮でぱっちりキメたのがよかったっすよ」


王都まで付いて行き毛皮を勧めた新人が、自分の手柄と言わんばかりに胸を張る。

とにかくこれでアルゴンドラ領も安泰である。祝いの席はそのうちあると言うが、今晩は兵士たちで祝杯を上げる予定だ。


兵舎をぐるりと回ったあとは、領で収穫したものが集まる物流拠点の倉庫を見せた。そこで働く者たちも兵舎での反応と同様だった。皆に心配をされていたローレンスである。

オディールを連れて行ったのはアルゴンドラ領の重要な場所ばかりであるが、「視察」のおもむきである。さすがにローレンスにもそれは分かっていた。

両親はデートと言って浮かれていたが、今の二人にそんな雰囲気は微塵もない。二か所を巡ってそろそろ夕暮れ時だ。このまま帰ってもいい時間である。


「屋敷へ戻られるか?」

「いや…少し休憩でもしよう」


帰るには少し遠回りになるが、ローレンスは街中にある店へと馬車をやる。アルゴンドラ家でも利用している立派な店だが、豪華さは王都の店に比べたら引けを取る。ただ、頑丈な店の作りはさすがアルゴンドラ領という感じだ。

店の二階にある個室へ通され、大きな窓から街を見下ろす。のどかで素朴な、そんな街だ。


「一番賑やかな大通りがここなんだが、田舎だろう」

「王都に比べればそりゃあそうだろう。しかし悪くないぞ」

「そうか?」

「まあ、私は冬を知らんから、今のところはな」


オディールはお世辞を言わない。だからこそ悪くないと言ったのは本当なのだろう。

紅茶と焼き菓子が用意されたが、やはりここでもシンプルな菓子だ。


「そうだ、ローレンス様。髪の毛を整えたいのだが」

「得意な侍女がいるから頼めばいい」

「承知した。ローレンス様はいつなら髪を切る時間がおありだ?」

「私の髪か?」


そこまで話してようやっとオディールの意図が通じる。


「前髪をそのままにしなくてもいいだろう」

「…まあ、そうだな」

「それと、ローレンス様の手持ちの服を確認させてほしい」

「今着ているものと大体一緒だ」

「見てもいいだろうか?」

「構わないが…」


オディールによる自分の手入れは終わったものだと思っていたが、まだまだ先はあるらしい。


「パーティーがあるんだ、服を新調したらどうだ?」


オディールにそう提案されるが、服に拘りのないローレンスはパーティー用の服を新しくするなら、討伐用の防具を揃えたい質である。必要ない、と言おうとしたがローレンスは思いついた。


「オディールがドレスを作るのなら私のも一緒に作ろう」


なぜここで抱き合わせなのかと不思議であるが、オディールはふむと考える。ローレンスの義理堅そうな性格を顧みるに、傷を化粧で消したことや服のことの礼をしたいのではないだろうか。それを無下に断るのも失礼だろう。


「承知した。ありがとうローレンス様」


オディールの礼にローレンスは微笑んだ。ようやく婚約者に何かできるのだ。


「今までパーティーは出てなかったようだが、オディールは楽しみか?」



問われて、オディールは考える。楽しみかと聞かれたらとても楽しみだ。ローレンスをピカピカに磨き上げて、あっと言わせることができたらこれ以上楽しいことはない。なので、


「ローレンス様を見せびらかすのはとても楽しみだ」


と、問いの答えはこうなる。厳つい大男であると自認しているローレンスは、自分を見せびらかしたい理由が思いつかない。理由は解らないが、楽しみであるのは違いないのだろう。


「そうか、それなら良かった。私もオディールと踊れるのは楽しみだ」


その言葉でオディールの動きが止まる。


踊り?誰が?もしかして私がか?


もしかしなくてもそうである。パートナーとして出席するのだ、ローレンスと踊るに決まっている。

淑女教育をかなぐり捨て、化粧術のスキルアップに時間を費やしていたオディールは踊ったのなど随分昔のことである。

パーティーに出るには踊らなくてはいけない、言われてみればそうである。

ローレンスのパーティーの装いのことばかり考え浮かれていたが、そんな場合ではなかった。ここでパーティーに自分は行かずに屋敷でローレンスを見送るなど、さすがに通じないということはオディールにも分かる。


どうにか踊らずに済む方法を考えてはみたものの、良い案は浮かばなかった。

次から1話ずつ更新となります。ささっと書いて終わる予定が案外長くなってしまい、書き溜めていたのが尽きてしまいました…

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