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29◆アルゴンドラ家での初日

さて、ようやっとオディールは嫁入り先のアルゴンドラ領まで到着した。急に決まった話であったので、結婚するまでは客室の一つをオディール用に家具を入れ替えて使い、結婚後は夫婦の部屋になる予定の一室にローレンスと一緒に引っ越すことになるそうだ。現在その部屋は改装中である。


用意された部屋はロッテンバッハ家の自室と同じくらいかと思いきや、ベッドが無いなと探してみると続き部屋が別にあった。内装は好きなように変えていいと言われたが、重厚感のある家具たちを替える気にはならない。


「さすがは王家と続くアルゴンドラ家のお屋敷ですわね」


旅の侍女としてやってきたマリアの任務は解かれ、客人として滞在することになった。そのうち父親が仕立てた服を持ってやってくるはずだから、その時一緒に帰ればいい。

マリアに用意された客室もこの部屋と同じ作りらしい。

荷を解いた二人はオディールの部屋で一休みをしているところである。


「ローレンス様のご両親も優しそうな方でよかったですわね」

「一応、言葉には気を付けていたつもりだったが、どうだった?」

「お二人とも気にされておりませんでしたわ」


マリアにそう言われ、オディールはほっとする。これからお茶の時間があって、夕食だ。ボロが出ないようにしないといけない。


「そうだマリア、ここまで世話をしてくれてありがとう」

「いえ、コルセットの紐を結んだだけですわ」

「それがとても助かった。コルセットがなくてもカッコよく見える服ができればいいのだがな」


道中、コルセットの紐を結びあっていた二人である。アルゴンドラ家ではもちろん身支度の手伝いはメイドがやる。


「できれば家を仕切るための教育が始まる前に、ローレンス様には再チャレンジをさせたいところだ」

「オディール様はこの婚約がお嫌なのですか?」

「マリア、私だって伯爵家の娘だ。自分の結婚にとやかく言う気はない」

「だったらこのままお嫁に行けばいいじゃないですか」


それで全てが丸く収まるのだ。


「ローレンス様のモテの可能性を閉ざすのは忍びない」


婚約できたのだから、もうそんな可能性は不要である。ローレンスも切り開きたいと思っていないはずだ。

マリアはオディールを風変わりなお嬢様であるけど、とても魅力的だと思っている。失礼な物言いをしたスノーへの対応や、結婚を嫌がった妹の代わりに嫁いできたことにも、優しい人柄が伝わってくる。ローレンスへの余計なお世話も、ローレンスへしてあげられることを精いっぱいやってあげようと張り切っているのだ。そんなところはとても可愛らしいと思う。

そしてオディールは美しいと思うのだが、本人にそれを言うと「美しく作っているのだから当然だ」と言い、あまり響かないらしい。

そんな風に、オディールには魅力があるとマリアは本人に伝えたいところだが、こんなことはローレンスに言ってもらいたい。自分とオディールの仲を上昇させてどうするのだ。マリアは小さくため息を吐いて風変わりなお嬢様を見るのだった。


ローレンスは自分待ちだった案件があるとのことで、お茶の時間は女ばかりとなった。


「家の中に女の子がいるのっていいわねぇ、こうパッと華やぐものねぇ」


アンが嬉しそうに言い、オディールとマリアにお菓子を勧める。王都で見るような技巧を凝らした菓子ではないが、素朴でほっとする味わいだ。

アルゴンドラ家に華やぎが欠けるのは女性が少ないからではなく、父親とローレンスのキャラクターのせいだとオディールは思うが口にしない。ボロが出ないよう細心の注意を払う。


「アルゴンドラ男爵は今はどちらへ?」


ローレンスは仕事だろうが、パトリックは隠居の身であるはずだと思い、マリアがアンに尋ねる。


「あなたたちに出すために獲ってきた鹿を解体しているわ」

「まあ、鹿を…」


予想外のおもてなしである。


「ロッテンバッハ家とは今まで繋がりが無くて存じ上げなかっただけど、ロッテンバッハ領は温暖で過ごしやすいそうね。オディールさんにはここは寒いかもしれないわねぇ、毛皮を用意しなくちゃね」


毛皮…その単語でオディールはローレンスと初めて会った日を思い出す。見事な魔獣の毛皮を纏ってやってきたローレンスは、客のために鹿を獲りに行く家で育ったと知ると納得がいく。納得はできても、有りか無しかで言えば「無し」ではあるが。


 アルゴンドラ家の晩餐は、やはり趣向を凝らしたものではないが、単純な味付けながらも美味しかった。小麦の生産は近年力を入れていて、パンの粉はそれを使ったものだという。王都の屋敷で食べていたものよりもっちりしている。パトリックが獲ってきたという鹿肉のステーキも絶品である。


「お口に合うかしら」

「とても美味しゅうございます」


尋ねたアンにオディールはそう答えた。今は客人であるマリアも同じ食卓に着き夕食を楽しんでいる。


「明日は午前中に色々片付けて、昼からオディールを案内したいのだが」

「承知しましたローレンス様」


ローレンスは帰った早々忙しそうだが、気を使ってくれているらしい。オディールは素直に甘えることにした。最初にローレンスと一緒に行けば後から自分で行っても顔が利くだろう。


「デートだなローレンス」

「まあ素敵。ゆっくりしてらっしゃい」


パトリックとアンが愉快気に言った言葉にローレンスとオディールは黙る。「案内」とは「案内」としか思っていなかったのに、傍から見るとそれはデートに見えるのか。


「デート…と言えるような場所が…あるだろうか」


ローレンスは一体どこを案内するつもりなのか。

オディールはひとまず、ローレンスの手持ちの服を確認させてもらい、バークマン領で購入した服で不足があるなら買い足したい。なんせパーッとしたパーティーがあるのだ。それと、今はローレンスの髪をオールバックに撫でつけているだけだが、もう少しマシに切り揃えたい。

案内をしてもらうがてら、ローレンスとこの辺りの打ち合わせをするのもいいだろう。


オディールは頭の中でやりたいことを整理でき、満足そうに笑う。そしてその様子を見ていたローレンスの食事の手が止まる。またオディールに心臓を掴まれているのである。

見たことのない息子の有様にアルゴンドラ男爵夫妻は大笑いをするのだが、何がそんなにおかしくて笑っているのかを正確に理解しているのはマリア一人であった。

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