28◆アルゴンドラ家の人々
パトリック・アルゴンドラは親から譲り受けた辺境伯と、自分で賜った男爵の爵位を持っていた。この国の爵位は生前に譲ることができるので、辺境伯と領主の地位を成人した息子にさっさと渡した。もう指揮官ではないので、魔獣が出没した時は我先に討ち取ってくれると飛び出していくパトリックである。
パトリックが現役時代にもバークマンの宿は使っていて、マリアは幼い頃から会っていた。いつも王都へ向かうときは元気がなく、帰るときは行きの半分の日数で帰還していた。よほど城に上がるのが嫌だったのだろう。
「遠い所はるばるようこそ、オディールさん。楽になさってね」
父親と打って変わってローレンスの母であるアンは、都会の出身であるのが一目でわかる。特に流行りの装飾もドレスも身に着けていないが、全てがシンプルに洗練されている。
「ローレンス、あなたようやく見た目に気を遣うようになったの。顔の傷まで隠して、やっぱり婚約者ができると違うわね」
「あー!なんかのっぺりしてると思ったら傷がないんだな!」
アンが嬉しそうにそう言うまでパトリックは気付いてもいなかったようだ。
「オディールにやってもらいました」
「え?ローレンス、あなたオディールさんに何をさせているの」
身支度の手伝いなど侍女のやることではないかとアンが驚いて言う。
「私が好きでやっているん…いるので、心配むよ…心配ございません…わ」
ローレンスの両親の前なので、オディールはとても気を使って話すものの、とても不自然である。
「それならいいけど…だけど上手ねえ、傷跡がすっかり見えなくなっているわ」
「彼女の特技を見てもらおうと思ってやってもらったんだ。明日からはいつも通りだ」
「あら…そう…」
とても残念そうな母である。せっかくイケメンに産んだのに、いつももっさりとしている息子を残念に思っていた。みんながローレンスに良い縁談が来ないのは何故だろうと言っていたが、あんな野暮ったい身なりではしょうがないと思っていた。「冷酷無比で変わり者」の噂はアルゴンドラ領から出ないアンは知らない。
少し見た目に気を使ったらどうかと助言をしたところ、王都のお嬢さんがたくさん出席しているパーティーに、魔獣との一騎打ちをする時のごつい鎧を着て出たというので、その点についてはすっかり諦めていた。センスが父親にそっくりなローレンスなのだ。
「ご心配は無用です、ローレンス様のお母様。服も新たに揃え、傷は隠さずとも女子にきゃあきゃあ言わせる姿にしてみせます」
「女子にきゃあきゃあ!すてきだわ!」
オディールは貴族女子に擬態するべく、女子らしい話題をしたつもりである。アンもさすがパトリックの妻だけあって、あまり細かいことは気にならない。多少、貴族令嬢らしくなくても気づかないのだ。
「それは…なにか素敵なのか」
「ローレンス様、女子にきゃあきゃあと結婚はとても密接なものです」
「…?」
本気でわからない様子のローレンスにオディールは口の端を上げて笑う。今に見ていろ、いやというほどわからせてやろう。
「ああそうだ、セーヌ侯爵が大勢呼んでパーッとやるらしい。ローレンス、ちょっと顔を出してくれ」
ふと思い出して言ったパトリックの言葉にオディールの目が光る。
「それはひょっとしてパーティーでしょうか?」
「そうだ、あんた好きか?俺は大嫌いだ。ローレンスと一緒に行ってきてくれ」
なんということだろう。ラインハルトとマリアが顔を見合わせる。オディールの計画を実行する前に結婚式をしようという作戦が早速おじゃんである。
「ローレンス様はパーティーはお嫌いか?」
「好きでも嫌いでもない」
ローレンスの回答に、それならば大嫌いとまで豪語する父親ではなく、ローレンスが行くのが良いのかもしれないとオディールは思う。パトリックがさっさと爵位を息子に譲ったのはこういうことなのだろう。
どういう意図のパーティーかはわからないが、きっと妙齢の令嬢もやってくるだろう。これは腕が鳴るとオディールはメラメラと燃え上がっていた。




