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27◆アルゴンドラの黒い要塞

マリアはオディールから離れている間に「オディールによるローレンスの婚活再チャレンジ計画」をラインハルトに説明した。ラインハルトもそれについては薄々感づいていたが、その前段である「伯爵はペナルティとして娘を差し出した」の方に引っかかった。


「まさか…いいお話を頂けたと思っていたのに、ローレンス様をまるで罰ゲームの対象みたいに…酷いじゃないか…」


酷い話ではあるのだが、そうでもしないと縁談の話が来なかったのも事実である。


「王都の貴族の間でなんて噂になっているのかしら」

「噂を気にされる方ではないし、アルゴンドラ領は王都から離れているから影響はないと思うが、いい気分はしないだろう」


これを主人に伝えるべきか、悩ましいところである。


「ようやっとオディール様ときちんとお話する気になって本当に良かったわ。あのままなら私、オディール様の計画を応援しちゃうところでしたもの」

「ま、マリア嬢っそれはどうかご勘弁をっ」


女二人にタッグを組まれてはどうやったって勝ち目は見えない。


「オディール様はロッテンバッハ家からお嫁に出さないとまで言われていたから、ご自身が婚約者として『ハズレ』だと信じて疑っていないんです」

「いやまあ、確かに貴族の令嬢にしては色々変わっておられるが…ここはやはり、ローレンス様がオディール様に婚約者としての自信を付けて差し上げないと…」


そう言って二人は渋い顔を見合わす。それができたら簡単な話である。


「もう、とっとと婚約お披露目パーティーをドカンとやればいいんじゃないかしら」

「そんなのすっ飛ばして結婚式をしたら良いのかもしれん」


オディールに計画実行のチャンスを与えず結婚してしまえば観念するだろう。結婚さえしてしまえば、ローレンスが気持ちを伝えるのにいくら時間が掛かろうとどうにでもなる。

テラスを見れば、オディールが湖を指さしたものをローレンスが説明しているようだ。良い雰囲気に見えるが、甘い空気はない。ラインハルトとマリアはそれに少しため息を吐く。

貴族同士の結婚にロマンスなど求めるものではないのだが、当の本人のローレンスにロマンスが始まっているというのに、こうも甘さがないのはどういうわけなのか。


「せめてこちらへ戻ってくる時には、お互いを名前で呼び合うようになっていれば良いですわね」

「まったくだな…」


そんな二人の期待には見事に応えたローレンスである。ラインハルトもマリアも心でよくやったと褒めたが、旅をして二十日目の婚約者にこれは早いのか遅いのか。

アルゴンドラ領の街を銅馬車が走ると、街道の人々はそれに向かって手を振った。ひとめでアルゴンドラ辺境伯が戻ったことがわかるのだ。


「もしかして、あれがローレンス様のお屋敷か?」


遠目からも見える巨大な黒い城、アルゴンドラの要塞である。そのあまりの大きさにオディールもマリアも驚きに声を失う。


「ローレンス様のお帰りだ!」


屈強な門番が厳重な門を開くと、出迎えの者たちが大勢集っていた。

アルゴンドラの兵たちも、屋敷で働く者たちも、ローレンスの婚約が決まったことを知っている。帰還する時に一緒に連れて来るということなので、あの馬車のどれかに乗っているに違いないと、皆気になって仕方がないのだ。

屋敷の前では執事が主の到着を待っていた。


「お帰りなさいませローレンス様」

「留守中は何もなかったか」

「はい、魔獣も大人しく山へ引きこもっておりました」

「それはよかった。父上はいるか」

「ローレンス様が湖まで来ていると知り、そろそろ戻るかと山に入らず待っておいでです」

「そうか」

「ところでローレンス様、お顔の傷が…」


今日もローレンスの顔に傷はない。最後の宿でもオディールに身支度をしてもらった。あとはアルゴンドラ領へ戻るだけなので隠す必要もなかったが、折角だからオディールの腕前を見せようと思い頼んだのだ。


「すごいだろう。オディールの仕事だ」


そう言うと、ローレンスの後ろからひょっこりと少女が身を乗り出す。


「オディール・ロッテンバッハと申します」

「これはこれは、私はアルゴンドラ家の執事をしておりますマッシモでございます」


恭しく頭を下げたマッシモの目はオディールを見てキラリと光る。この屋敷の主人が伴侶に選んだ相手がどんな人物か見極めようとしているのだ。その目にオディールは「YES・NOモード」の笑顔で返す。今日の化粧のテーマは「無難」だ。


「おーローレンス、帰ったかー!」


ドスドスと獣が走るような音がしたかと思うと、倉庫から大男が飛び出し駆け寄ってきた。高さはローレンスほどだが、幅はよりいっそ大きい。


「父上、ただいま戻りました」

「それが嫁さんか!なんつー別嬪さんを連れてきたんだお前は!」


猟に出るための得物の手入れをしていたローレンスの父は、どこもかしこも薄汚れていた。


「わしはパトリック・アルゴンドラ、ローレンスの父だ!パッキーと呼んでくれて構わんよ!」


オディールはそれににっこりと貼り付けた笑顔で返し、今一度淑女の挨拶をしたが、心の中では本当にパッキーと呼んだらどうなるんだろうと思っている。


「バークマンのとこのお嬢さんもわざわざこんなド田舎まで来てもらって悪いな!さあ入った入った!」


パトリックは体も大きいが声も大きい。呼ばれたマリアの耳がキーンと響く。


「相変わらずでございますわね、アルゴンドラ男爵」


マリアにそう呼ばれたパトリックは愉快そうにガハハと笑った。

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