26◆オディールは魔女になりたい
「顔のことや服のことで色々世話になった。ありがとう」
「礼には及ばん、私が好きでやったことだ」
胸が高鳴って、上手く話せているかわからない。だけど傍から見ればいつもとなんら変わらないローレンスである。
「オディール嬢はすごいな、化粧の事はよく知らないが、まるで魔法使いのようだ」
そのローレンスの言葉に、オディールの顔はぱっと喜びに染まる。
「本当か!実は私は魔女になりたいんだ!」
「魔女に?」
魔女とは単に「魔法を使う女性」として使われている言葉ではない。通常、魔法を使う女性は「魔法使い」と呼ばれている。
童話の中で悪事を働いたり、古き歴史では忌むべき存在として処刑されたりと、「魔女」はあまり良い意味で使われることはない。
「どうして魔女になりたいんだ?」
ローレンスは非難めくことなくオディールに聞いた。なぜオディールがそれを望むのか、とても興味が沸いたのだ。
「物語の中で魔女はやっていることはともかく、アイデアに富み自分のスキルを駆使して状況を動かしていくだろう。私は彼女たちを尊敬しているんだ」
オディールは態度こそ自分を通しているように見えるが、実はそこまで我が強いわけではない。淑女の振る舞いも「やらない」のではなく「できない」のだ。できないことを叱られ続け、挙句修道院へ入れると言われたオディールは、どうやったって淑女にはなれないので修道女になるしかなかっただけだ。
自分の力で人生を歩いて行くのは素晴らしいと思うが、大変なことであろうことはオディールにもわかっている。だからこそ物語の魔女たちが、自分一人の力で思うがままに生きる姿に憧れたのだ。
「だから姿かたちだけ、魔女の姿を借りている。だからって魔女になれるわけではないのだが」
オディールの個性的な化粧にはそんな理由があったのだ。ローレンスにはオディールが世のイメージで言う「魔女」に見えたことは一度もないが、彼女の本音に触れられたことがとても嬉しかった。
「オディール嬢の心は自立しているんだな」
「気持ちだけ立っていても、行動が伴っていないなら仕方ない」
そう言ったオディールをローレンスは、自分の気持ちと、実際の自分の状況を冷静に見れる人だと思う。
女性が自らの力を使って生きるというのは、女傑と呼ばれる有名な商人なんかは分かりやすいが、そういった目に見えるものだけを言うのではないだろう。
「オディール嬢、例えばだが…先日のサイモン家で、あなたは自身の人柄とスキルで懐に入り込んで居場所を作った。そういうことができるのが、自分自身を生きているということではないだろうか」
「自分自身を生きる?」
「あなたの話を聞いてそれを望んでいるように聞こえたんだが、違ったらすまない」
ローレンスの言葉にオディールは考える。自分の気持ちを深掘りしていけばそういうことなのかもしれない。それを少しの会話だけで読み解いてしまうローレンスはなんと頭がいいのだろうとオディールは思う。
「あなたは好ましい人物だな、アルゴンドラ辺境伯」
オディールはローレンスを見上げて笑う。それはいつもの口の端を上げるそれではなく、にっこりと。
「そうか…それは、ありがとう…」
オディールの言葉と笑顔に、今日もまたローレンスの心臓は悲鳴を上げる。しかし動悸ゆえに押し黙ってしまうという情けないことを繰り返すわけにはいかない。
「その、オディール嬢。私たちは婚約者だ」
「まあ、そうだな」
「私の事はローレンスと呼んでほしい」
ローレンスの願いにオディールは目をぱちくりとさせる。歳も身分も上の、ついこの前出会ったばかりの相手である。
「それは厚かましくないか?」
オディールの言葉にさすがのローレンスも理解した。彼女の中では完全に『婚約者(仮)』なのだろう。どれもこれも、道中で自分がふがいないせいである。ここでオディールを口説き落とすことができるローレンスなら良かったのだが。
「いや、婚約者なのだからいいだろう」
こう言うのが精いっぱいである。気持ちはたくさんあるのだが、いかんせん事実ベースで話す人である。
「あなたがそう言うのなら、ローレンス様と呼ばせていただこう。私の事もオディール嬢ではなく、オディールと呼んでくれ」
「わかった、オディール」
提案を飲んでもらえてローレンスはほっとする。本当は「様」なんかもいらないのだが、段階を踏んでいけばいいと一旦は良しとする。
休憩が終わり、いよいよアルゴンドラ領の中心部に向かう。オディールとローレンスの互いの呼び方が変化していることに、ラインハルトもマリアも内心ガッツポーズを取った。
オディールは改めてローレンスと話して、彼のような人が結婚を望んでいるにも関わらず、今の今まで独り身でいるのが信じられないと思っていた。見た目の影響は大きいとはいえ、こうまで人柄を覆い隠してしまうものなのだろうか。
その人柄もオディールが気にしていないだけで変わり者なのは間違いないから、人が皆中身に無理解なわけではないのだが。
(ならばやはり、私が助けてやらないとな)
オディールはそんな風に思うのだった。




