21◆スノー、温室での勝負
「髪は王都で流行りのアップスタイルに結って、化粧はキャメラ・リンドン風にしてちょうだい」
スノーは身支度の侍女たちにそう申し付ける。キャメラ・リンドンとは今一番人気のある女優である。スノーは王都へ行くたびに観劇を楽しむが、いつも大劇場ではキャメラ・リンドンが主演の舞台が上演されているのだ。
ドレスは少し大人びた紫を選ぶ。ローレンスは年上なので大人っぽく見えた方がいいだろう。
いつものスノーのスタイルよりも背伸びはしているが、これならローレンスと並んでも遜色ないはずだ。少なくとも子供っぽさで断られることないだろうとスノーはほくそ笑む。
そうして出来上がった小さなキャメラ・リンドンは満足げに部屋を出た。
「おはようございますローレンス様」
「おはよう、スノー嬢」
ソファでサイモン侯爵と歓談をしていたローレンスは立ち上がって礼をする。今日も朝からオディールに化粧をしてもらい、顔には傷は見当たらない。
熊のようだと思っていた大きな体も、逞しくて頼りがいがある。見れば見るほど惚れ惚れする要素ばかりではないかとスノーは見とれていた。
「ローレンス様、お時間はございまして?私の温室をお見せしたいの」
「まだ出かけるには少しある。せっかくだから見せてもらおうか、オディール嬢も呼んで…」
「ロッテンバッハのお嬢様には後でゆっくりお見せしますわ、ね!」
少し強引にローレンスを誘うスノーに、サイモン侯爵はいぶかしげな目線を送る。
「スノー」
「お父様は黙って」
そう言ってスノーはツンとそっぽを向く。まるで子供のようなその態度に、ローレンスはよほど自慢の温室を見せたいのかと思い席を立つ。
「では行こうかスノー嬢」
「ええ、こちらですわ」
ローレンスと二人きりになれて、スノーはご機嫌に庭を案内する。サイモン伯爵は妻に目配せすると、黙って頷いた夫人はこっそりと庭に出るのだった。
スノーが生まれた記念に作られた温室は、見事に手入れをされた庭園を真っ直ぐ抜けた場所にある。ラインハルトは従者なので二人の邪魔にならない距離で付いていくが、どうしてサイモン侯爵夫人も一緒に付いてくるのだろうか。
「サイモン夫人?」
「いいからいいから」
時々ラインハルトの後ろに夫人が隠れるように歩いているが、どう見ても隠れられていない。それでもスノーはローレンスに話すのに夢中で、母親同伴であることは気付いていないらしい。
蔦と白い花で覆われた優美なアーチを潜ると、大きなガラス張りの建屋があった。扉は開かれており、中には色とりどりのバラが咲き乱れている。
「これは美しい」
「私、バラが大好きなんです。いつでもバラを見られるようにそればかり植えているの」
温室の中で今一番見ごろを迎えたバラを見せようと、スノーはローレンスを案内する。それに付いていこうと歩き出したラインハルトは、サイモン夫人に肩を掴まれ二人の死角で止まる。
「あの…夫人?」
「いいからいいから」
温室は広く、バラの茂みはたくさんあるから隠れる場所には事欠かないが、なんでこんな尾行のようなことをするのだろうか。
「ねえローレンス様、以前サイモン家にも結婚の打診をしてくださいましたわね」
「ああ、そうだったな」
「私はまだ子供だったからご縁が結べなかったけど…今はもう子供じゃございませんわ」
二人のバックには大輪のバラが咲き誇り、ロケーションは最高である。
スノーは上気した頬をしてローレンスに向かい「一番可愛い」と褒められる笑顔を見せた。
二人の様子を見守っていたラインハルトは、ここまで来たらさすがに気づく。
「あの、夫人っ」
「いいから、静かにっ」
サイモン侯爵夫人はラインハルトの口を塞ぎ、そのまま二人の成り行きを見る。
まさか縁談を断られた家で、ローレンスにこんな色恋めいた事態が降りかかろうとはラインハルトの全くの想定外である。
サイモン家には言っていないが、婚約者だってすぐ傍にいるのだ。
夫人に口を塞がれたままラインハルトは、ハラハラと見守るしかできないでいた。




