2◆アルゴンドラ辺境伯の婚活市場価値
アルゴンドラ辺境伯は貴族女子の婚活市場において不人気中の不人気である。
まずはアルゴンドラ領が大陸の北にあり、冬は極寒の地となる。王都までやってくるのには峠も越えなくてはいけないので屈強な兵士の足で二週間は掛かるという。さらに魔獣と隣合わせの危険な生活。その条件だけで嫁に行くのをまずためらう。
そして本人、「冷酷無比で変わり者な辺境伯」だ。王都あたりの貴族の娘は知的でスマートなタイプを好む。それこそ王太子であるアリオン殿下など、金髪で涼し気なアイスブルーの瞳に甘やかなフェイス、貴族女子の好みど真ん中である。
アルゴンドラ辺境伯の外見は、魔獣と見まごうばかりの兵士の中にいても大きく、貴族の女性が彼を見るには首を相当傾けて見上げなくてはいけない。そうして目線を上げた先にある顔には、魔獣との戦いで負った傷跡がおでこから頬まで長く伸びているのだが、うっそうと伸びた前髪がそれを隠している。その隙間から除く眼光は鋭く恐ろしさを増す。
他に良い所があればと思うのだが、社交界でも気の利いた話をするわけでもなく、服装も北の田舎者丸出しで野暮ったい。自分の体が大きいのを気にしてか、いつも身を丸めているのが余計に獣じみて見えるのだ。
「冷酷無比」はとある貴族から広まった。アルゴンドラ領で魔獣に襲われた時に、アルゴンドラ辺境伯は笑っていたという。そこから「魔獣に襲われたら見殺しにされる」やら「機嫌を損ねたら魔獣の群れに投げ込まれる」やら噂は絶えない。
尊い家柄とアルゴンドラ辺境伯の様々な情報を天秤に掛け、貴族女子は結婚相手として「無し」とジャッジした。
そんなわけで王妃が様々な伝手で話を持って行ったがなしのつぶてであった。
そんな折に発覚した不正事件である。関係者にはペナルティを課さないと体裁が悪い、だけど処罰するというほどでもない者もいる。そんな中に適齢期の娘が二人もいて、どちらも結婚相手が決まっていないという家があった。国王はこれ幸いとアルゴンドラ辺境伯に娘を嫁がせるよう命じたのだ。
ロッテンバッハ伯爵家の名前を背負って嫁に出すのは一人だけと何年も前から決まっている。なので本来、アルゴンドラ辺境伯へ嫁ぐのは妹のミアーラに決まりなのである。
ミアーラは当然アルゴンドラ辺境伯の噂は知っている。そこへ嫁ぐ話をされたとたん、顔面蒼白になり真後ろに勢いよく倒れたのだ。
「私…私は無理です…魔獣が出る土地も…魔獣のような人も…無理です…」
しくしくと泣き止まないまま寝込んでしまったミアーラである。
国王は城に娘を連れて来いと言うが、こんな状態のミアーラをアルゴンドラ辺境伯に会わせるわけにもいかないし、この結婚はロッテンバッハ伯爵家へのペナルティなので絶対に断ることはできない。そうしてロッテンバッハ伯爵は、とうとう姉のオディールにこの結婚話を持って行ったのだ。
「よかろう」
「貴族の娘たるもの、結婚に異を唱えることはできん」
「だから、いいと言っているだろう」
「ん…?なに!?いいと言ったのか!?」
「その話受けて立とう」
とても結婚の承諾とは思えない返事だが、承諾は承諾だ。
「よし、いいと言ったな!あとからやっぱり嫌だと言っても駄目だぞ!」
「私に二言はない。どなたかとは違ってね」
口の端を上げる大変腹の立つ笑い方と、これまた大変腹の立つ言い様であるが、これでペナルティがチャラになるのだ。ロッテンバッハ伯爵は大急ぎで国王にオディールを嫁がせる旨の手紙を送った。