19◆スノーのおねだり
「お父様!どうしてダメなんですの!」
「ヒッヒッヒッ、それはな、以前アルゴンドラ家から縁談の打診をされた時にうちが断ったからだよ…」
お客様との晩餐も終わり、家族での団欒の時である。次女のスノーは今からでもローレンスの婚約者になれないかと父に上目遣いでおねだりし、そして撃沈した。
「でもでも!それはもっさりとしてつまんない大男だと思っていたから!わたくしはお顔が整っていないと嫌ですの!お父様だってお顔が凛々しいなんて一言も仰らなかったじゃない!」
「ヒッヒッヒッ、あほよのぅ」
サイモン侯爵と夫人はお茶を飲みながら朗らかに笑う。
「婚約者の方は改めて紹介するとか言ってましたが…どこのお嬢様でしょうね?」
「いやまあ、どっちかだろう」
「ちょっとお父様!ちゃんと聞いて!!」
スノーがやかましいのはいつものことなので、スルーするのはお手の物である。こんなにキーキーと騒がしいが、公式の場ではきちんと行儀の良い出来た娘である。
「その婚約者よりも私の方がいいとローレンス様が仰ったら、お父様は許してくださる!?」
「さて…うちの娘はこんなにもあほだったかな…」
「あらぁ…あまりにあほだとお勉強のやり直しよ?スノー」
婚約者が決まったというおめでたい報告を受けた直後に、一体何を言い出すのか。
それに相手の令嬢のことも知らないで何を競おうというのだろう。勝負の前から不安しかない。
「スノーお姉様、私も参加してもいいかしら?」
「ダメに決まってるでしょ!」
「あ~あ最初に知っていれば嫁入りは私だったのに、惜しかったわ~!」
こんなにやかましい娘たちではあるが、長女のディアナは王城勤めのエリートと結婚が決まり、来年からは憧れの王都住まいだ。次女、三女にもそれぞれに良い縁談は山ほど来ており選びたい放題である。
そんな彼女たちが何故ここまでローレンスに騒いでいるのかと言えば、やってくる縁談の中にワイルド系はいなかったのだ。王都の騎士団長なんてのはいるが、やはりどこか都会めいている。野性味のあるイケメンは数ある縁談の中でレア枠なのだ。ただ少し年齢がいっているが。
貴族で野性味があるということはそういう生活を強いられているからなのだが、嫁に行ったら自分もその生活になる可能性を娘たちはわかっていない。無邪気にローレンスについてきゃあきゃあと騒ぎ楽しんでいる。
「断って正解だったな…」
「ええ、うちの娘たちではアルゴンドラ領主の妻は務まりませんわ」
サイモン侯爵夫妻は娘たちに聞こえないように呟いた。
アルゴンドラ領は厳しい環境の中、近年は防衛だけではなく生産性も上げている。それは元から恵まれた土地では考えられないほどの苦労があるだろう。
娘たちには名門サイモン家から嫁入りしたからには、妻として家のために腕を振るうようにと教育してきた。しかしのんき者の娘たちは安定した所の管理ならばできるだろうが、常に臨機応変を強いられる場所では処しきれないだろう。
「ローレンスに迷惑を掛けぬよう見てやってくれ」
「わかったわ、あなた」
自分のところの娘などにどうこうされるローレンスではないと思うが、サイモン侯爵は一応夫人に伝えておく。
若い娘というものは思いがけぬことをやるものだ。




