18◆丘の上のサイモン侯爵家
「ようこそいらっしゃいましたねローレンス…」
「お久しぶりですサイモン侯爵、世話になります」
一行が到着したとたん、暗雲が立ち込め雷が轟きだしている。サイモン侯爵の家に客が来ると何故かいつもこうなるのだ。
サイモン侯爵はローレンスの父親と同世代である。ちなみにローレンスに爵位を渡した父はどうしているかというと、毎日山で獣や魔獣を狩っている悠々自適の生活だ。
サイモン侯爵は小柄なラインハルトよりも小さく、ひどい猫背が更に小さく見せており、ローレンスと並ぶと少し引いて見ないと同じ画面に入らない。
「ヒッヒッヒッ…今娘たちも来ますゆえ…」
唐突に暗くなったので屋敷に明かりはついておらず、雷光が侯爵に不気味は影を作る。客が来るといつもこうである。
「あの…ラインハルトさん…この状況って普通なんですか?」
「ん?ここは標高が高くて天気が変わりやすいからね。雨が降る前に着けてよかった」
異様な雰囲気にマリアは尋ねるが、ラインハルトに疑問はないらしい。アルゴンドラ辺境伯もずいぶん変わっていると思うが、そのお付きの者一行も変わってるのではないか。そして変わってる者同士が類友で仲がいいんじゃないだろうか。マリアはそんなことを考えていた。
「ようこそお越しくださいました」
声がしたのは階段の上からだ。雷光をバックに黒い影が三つ並ぶ。
「あら、初めての方がお見えね。わたくし、長女のディアナでございます」
「はじめまして、わたくしは次女のスノー」
「三女、フローラでございますわ」
その瞬間、大きな雷が森に落ちて大音量が響き渡る。
「「「以後、お見知りおきを」」」
恐らく美しい姉妹たちなんだろうが、美しいんだか何なんだかよくわからない。ド迫力の登場である。
「見ないうちに立派になられた」
言うことはそれだけかとローレンスにつっこみたい所をマリアはぐっと耐える。ちらりとオディールを見ても特に戸惑う様子もない。この状況についていけないのは自分だけのようだ。
「今日は客人も世話になる。オディール嬢、ご挨拶を」
ローレンスに促されオディールは前に出る。その瞬間、地の底から湧き上がるような雷鳴が轟く。
「オディール・ロッテンバッハでございます」
階段の上を見上げ微笑んだ瞬間、巨大な雷光がオディールの瞳をギラリと光らせた。
(怪奇自己紹介コンテスト第一位でございますわオディール様…)
よくわからないが、マリアはオディールが勝てたので良しとする。
「あらいやだ、真っ暗じゃないのぉ!あなたったらお客様がいらっしゃるときは明かりを点けてって言っているでしょう?」
明るい声同様にフロアもパッと明るくなる。この屋敷はランプに一つずつ魔法で明かりを灯す方式ではなく、からくり仕掛けで屋敷全体を一度に明るくできるのだ。
「今日は雷がよく落ちていいわぁ、ローレンス様お久しぶりですわ」
「サイモン夫人、ご無沙汰しております。この屋敷の明かりは雷のエネルギーを使っているのでしたね」
「そうよ、そこら中にパネルを敷いてあるから今日は大漁よ、ふふふ」
ふくよかで朗らかな夫人がサイモン伯爵の隣に並び、娘たちもその横に並ぶ。
「えっローレンス様!?そのようなお顔をしてらしたの!?」
「えっローレンス様!?」
「うそっローレンス様ですの!?」
明かりの下でローレンスの顔を確認した三姉妹が一様に驚く。ローレンスが初めてサイモン領へやってきたのは子供の頃であったが、三人の娘に初めて会ったのは十年ほど前である。その頃にはすでに前髪は伸ばしていたので顔を知らなかったのは仕方ない。
もっさりとしたローレンスはお茶の時間も父と仕事の話ばかりしていて、姉妹たちが結婚を意識する年齢になったら「ローレンス様は無し」と言っていたというのに。
ローレンスは伝手を使って声を掛けてみるものの、縁談に恵まれていないという話は両親が話していたので娘たちも知っている。
長女はすでに婚約者がいて結婚目前である。三女はローレンスとは少し歳が離れすぎている。
ならばこの私が最適では!?と次女のスノーが心の中でガッツポーズを決めたのだが。
「実は婚約をいたしまして、その報告も兼ねてお寄りしました」
ものの数秒でその期待は打ち砕かれてしまった。
「ヒッヒッヒッ…それはおめでたいことで…ではゆるりとお茶にいたしましょう」
「さあさ、こちらへ。お茶の支度は万全ですのよ。婚約のことをよく聞かせてくださいな」
痩せて小さいサイモン侯爵とふくよかな夫人が客人を案内するのに歩き出し、美しい三姉妹もそれに続く。
「ふふ…セーフでしたわね。ナイス牽制」
「何がだマリア?」
一番後ろからついていくオディールとマリアがひそひそ話す。
「次女のスノー様は間違いなくアルゴンドラ辺境伯をいいなと思っていましたよ」
「そうか!」
「…なんで嬉しそうなんですかオディール様」
「想定していたことが起きたからだ」
「オディール様、その件はあとでちゃんとお聞かせいただかないといけませんね」
婚約者が言うとは思えぬ発言に、やっとしっぽを出したかとマリアはオディールを軽く睨む。
「別に、とても簡単な話だ」
肩をすくめたオディールは部屋に入る直前に「YES・NOモード」に切り替えた。




